「前例がないことだらけ」メルカリの通称“株チーム”はどんな役割を担っている?内容を探ってみた

「全社員と成功の果実を分かち合いたい」──。これは、メルカリ創業者で取締役 兼 代表執行役CEOである山田進太郎さんの株式報酬制度に対する考え方です。
メルカリでは、創業時から上場までは税制適格ストックオプション(SO)、2018年の上場後は譲渡制限付株式ユニット(RSU)、そして現在は1円SOを導入しています。なかでも2018年当時のRSUによる株式報酬制度の導入は、今よりも前例が少なかったことから特に注目を集めました。
そのような株式報酬制度の導入・運営を支えているのが、Group Governanceチームです。そもそもどういった体制からスタートしたのか、制度導入時にはどんなできごとがあったのか。Group Governanceチームの奥村 真央さんと伊田 愛久美さん、また当時はメルカリの社員だった現Nstockのドメインエキスパートである野瀬 梓紗とともに振り返りました。
奥村 真央(おくむら・まお)
新卒でアパレル企業に入社し、その後IT企業等の経理業務に従事。2014年6月にメルカリCorporate planningチームに入社。経理、総務、労務、IPO等を担当したのち、現在はGroup Governanceチームに所属し、株式報酬設計・運用や株式実務対応、株主総会運営業務などを担当。
伊田 愛久美(いだ・めぐみ)
同志社大学、神戸大学法科大学院卒業。司法修習修了後、2015年4月にサイボウズ株式会社法務統制部へ入社し、契約審査や個人情報保護対応、内部統制業務などに従事。2018年1月にメルカリLegalチームに入社。メルチャリの立ち上げやIPO、組織再編などを担当した後、現在はGroup Governanceチームに所属して株式報酬制度の設計・運用や適時開示業務などを担当。
宮田 昇始(みやた・しょうじ)Nstock 代表取締役CEO
野瀬 梓紗(のせ・あずさ)Nstock ドメインエキスパート(元メルカリ 株チーム)
「期間限定でいいから助けて→そのまま異動」プロジェクトから発端した“株チーム”

宮田 昇始(以下、宮田):今日はよろしくお願いします!まずはじめに、お2人はどういった経緯でメルカリへ入社されたのでしょうか?
奥村 真央(以下、奥村):私がメルカリへ入社したのは2014年です。当時、コーポレート部門の2人目の社員として入社したため、経理を中心に労務や総務などさまざまな業務を幅広く担当していました。2016年頃から株式報酬の設計やオペレーションの業務が増え、そのタイミングで野瀬さん(現在はNstockのドメインエキスパート)から「株式報酬で経理の知識がほしいから助けて」と言われて手伝いはじめたのをきっかけに、「株チーム(他チームから呼ばれていた通称)」へ異動しました。その後、何度かチームの再編成を経て、今はGroup Governanceというチームの中で、引き続き株式実務を担当しています。
伊田 愛久美(以下、伊田):私はもともとメルカリへはビジネス領域のリーガル担当として2018年に入社しました。そして私も株チームに助っ人として関与したことをきっかけに、コーポレート領域のリーガルを担当するようになりました。今はGroup Governanceチームでインサイダー情報の管理や株式報酬に関する法務、適時開示などの業務を担当しています。
宮田:お話を伺っていると、お2人とも助っ人として株式報酬プロジェクトに携わった後、現在のチームへたどり着いたように感じます。その認識で合っていますか?
野瀬 梓紗(以下、野瀬):そうですね。上場前から導入していた税制適格SOは、私や経理チームが一緒に設計・運用を担当していました。しかし、設計の複雑化やIPO準備に伴い、経理だけではなく税務・法務・労務・財務といった幅広い知識が必要になるので、既存のメンバーですべてをカバーするのは難しくなってきたのです。なので、仲の良かった周辺チームの人に声をかけ、「1年でいいから」「このプロジェクトだけでいいから」という形でやや強引に手伝ってもらっていました。もちろん、そのままなし崩し的に株チームへ異動してもらう下心もありました(笑)。おかげで社内では「一度呼ばれたら二度と元のチームには戻れない(笑)」と言われることもありましたね。この方法で、あと5人くらい株チームを増員しました(笑)。

宮田:(笑)。外部からの採用ではなく、社内から人材を集めはじめた理由は何だったのでしょう?
野瀬:当時は、株式報酬制度の設計やオペレーションの経験者が採用マーケットにほとんどいなかったんです。奥村さんと一緒に、採用エージェントやスカウトサービスを使って採用活動にかなり時間を掛けたのですが、思うようには採用できませんでした。
宮田:今でこそ株式報酬制度を積極的に活用しているスタートアップは増えつつありますが、当時はまだ少なかった記憶です。そういった事情もあり、採用の難易度が高かったんですかね。
野瀬:そうですね。発行量と対象者の幅広さ両方の観点で、当時メルカリほど大胆に株式報酬を活用していたスタートアップはなかったので、採用に苦労したのは仕方なかったのかもしれません。上場時に650人以上がSOを持っていて、しかも多い人だと5回、6回と付与されているので、延べ人数にすると2千人を軽く超えたのではないでしょうか。しかも日本だけではなく米国や英国の社員にも付与していたので、SO設計の難易度が高いのはもちろん、ゼロベースで行使手続きや自社株売却のオペレーションを考える必要がありました。そんな経験がある人、いないですよね(笑)。
また、一定の職務要件を満たす候補者がいても、働き方やカルチャーフィットの問題があったりして、なかなかうまくいきませんでした。その点、メルカリの社員であればカルチャーフィット云々をすっ飛ばして、すぐに業務に入ることができるので、社内から人材を集める作戦はとても良かったと思っています(笑)。
奥村:株チームへ助っ人として入ったあとにそのまま異動するケースが続いていたので、ほかの社員から「いいの?元のチームに帰れないよ?」と言われることもありました(笑)。でも実際には、私も伊田さんも楽しくなってしまってだんだんと離れがたくなっちゃったんですよね。
Group Governanceチームが徹底する「自社株を売却できるようにするため」の調整

宮田:株チームはその後、伊田さんや奥村さんが所属するGroup Governanceチームの誕生へとつながったんですね。どのような過程があったのか、教えてもらえますか?
野瀬:まずは私から、株チームができる前の段階からお話ししますね。私は2016年にコーポレート部門の社員としてメルカリへ入社しました。このときは、コーポレートの基盤を戦略的に構築していくCorporate Planningグループがあり、その配下に労務・経理・税務・グローバル戦略・総務といったチームが連なっていました。メルカリが海外展開に力を入れ始めたタイミングでもあったので、私は米国と英国にある子会社の管理や赴任者の税務・労務を担当していたほか、経理チームと一緒に株式報酬の管理も担当していました。
その後、SOの権利行使に向けたオペレーション準備や上場後の株式報酬制度の設計が本格的にスタート。私が所属していた部門も何度か体制変更を経て、先ほどお話ししたとおりプロジェクトチームとして「株チーム」が作られていきました。メルカリの上場後は、株式報酬専門部隊としてIncentive & Equity Planningチームが誕生。現在はGovernanceチームと合体し、Group Governanceチームとしてより幅広い役割(株主総会・取締役会の運営など)を担っています。
宮田:上場が大きく変化するポイントだったんですね。多くのスタートアップでは、経営陣が自身で報酬設計の設計をしていたり、ある程度細かく見ているイメージがありますが、メルカリの場合はどうだったのでしょうか?
野瀬:どちらかというとボトムアップでした。経営陣からは「グローバルスタンダードな制度が良い」などと大きな方向性は示されますが、それを形に落とし込むのはチームの役割でした。経営陣も株式報酬のプロではないので、すべての論点を考慮してベストなアイデアを出すことはできません。そこはある程度、現場に任せてもらっていましたね。
宮田:なるほど!海外企業とも採用で勝っていくためには、グローバルスタンダードな制度が必要になりますよね。難易度が高いことだと思いますが、その方針を具体的に落とし込めるチームが社内にいる状況は、経営陣としてはとても心強いですね。改めて、現在のGroup Governanceチームの具体的な業務内容を教えてください。
伊田:Group Governanceチームのメンバーは現在8名(男女比は2:6)です。業務としては、次のようなミッションをもとに「ガバナンス業務」「株式実務」の2つを担当しています。

伊田:まず「ガバナンス業務」は、株主総会・取締役会の運営や実効性評価の実施、会社全体の権限設計、稟議手続きの整備、社内規定の管理、インサイダー情報管理、適時開示業務などを行います。もうひとつの「株式実務」は、株式報酬制度の設計や運用、それに関連する各種開示といった業務があります。
インサイダー情報管理については、社内の特定の情報が金商法上の「インサイダー情報に該当するかどうか」を判定したり、誰がどのインサイダー情報を保有しているのかを管理したり、その情報の管理責任者と情報開示までのスケジュールをすり合わせたりしていますね。
メルカリでは年に4回、四半期や通期決算の発表後に自社株を売却する機会があります。しかし、社内ではさまざまなプロジェクトが常に同時進行していて、それらがインサイダー情報として取り扱われる場合、社員は自社株を売却することができなくなります。なるべく社員が自社株を売却できるように、インサイダー情報の管理や調整をしているんです。
宮田:具体的にどういうことをしているんですか?

伊田:たとえば、インサイダー情報が存在すると進めることのできないプロジェクト等がある場合、どのプロジェクトを優先させるのかを事業担当者と調整したり、インサイダー情報に該当するものの、進捗がなさそうなプロジェクトについては、正式に案件中止とできないかを確認し、とりまとめたものを経営会議に持ちかけるという動きをしています。可能であれば、インサイダー情報の開示タイミングを自社株売買の時期より早めることができないか調整し、そのために必要な適時開示の文書作成もサポートします。ただ、難しいところも多く……。基本的には会社が成長するためにも事業を優先しているので、「この期間は自社株を売却できない」という判断を下すことになります。
宮田:確かにそれは難しいところですよね。一方で、奥村さんはどのような役割を担っているのでしょうか?

奥村:伊田さんと業務が被るところもありますが、おもに株式発行の手続き、社員向けの研修・勉強会、持株会の運営などを担当しています。自社株では、売却を申請してきた社員のインサイダー情報の保有状況や社内研修の受講歴などを確認してから承認作業をしていますね。
現在、日本のメルカリ本社に関しては1円SOを四半期ごとに発行・行使するサイクルがあります。米国の子会社では1円SOではなくRSUを導入していますが、発行に伴う取締役会の手続きや登記は、本社である日本で行っています。そのため、「RSUを誰に何ユニット渡すのか」は、米国子会社の経営陣が判断し、そのデータを現地チームから共有してもらい、私たちのほうでユニットの管理や株式発行の手続きを進める流れになっています。
野瀬:米国子会社の現地チームには、もともと日本の株チームに在籍していた社員がいます。日本のオペレーションを理解した社員が現地にいることで、両国の連携は非常にスムーズです。

宮田:米国側の法律も変化することがあると思います。そういった情報はどうやってキャッチアップしているんですか?
伊田:基本的に、米国側の細かなレギュレーション対応は現地の社員が担当しています。米国でもいきなり大きな変化が起こることはそれほどないので、今のところ問題は起こっていませんね。
メルカリ創業者・山田進太郎さんの「成功の果実をすべての社員と分かち合いたい」という想いが土台

宮田:株式報酬制度を導入する多くの会社が、新規事業やM&Aなどの兼ね合いでなかなか自社株をインサイダーフリーで売却する機会を提供できないと頭を抱えています。それを理由に、株式報酬制度の導入を諦めたという話を聞いたこともあります。ですが、メルカリでは「自社株売却の機会をちゃんと確保する」という確固たる考えを持っているように感じました。その思想はいつごろから始まったものなのでしょうか?
伊田:創業時からだと思います。進太郎さんは一貫して「成功の果実をすべての社員と分かち合いたい」と話していました。「せっかく株で渡すのだから、売りたいときに必要な分だけ売ってくれればいい」とも話していたので、売却の機会を制限するような考えはありませんでした。現在の株式報酬制度においても、この創業当時からの考えを引き継いでいますね。
野瀬:進太郎さんのそういった考えもあり、メルカリでは株式報酬制度を設計する際には必ず「自社株を渡すこと」と「売る機会を十分に提供すること」をセットで考えるようにしています。経営陣についても、社員と同じくらい自社株の売却機会を確保できるよう、さまざまな工夫をしています。
伊田:余談ですが、その進太郎さんの「すべての社員と分かち合いたい」という想いを株式報酬制度へ落とし込んだ結果、当時は「上場後にRSUを(ほぼ)全社員に付与する」という非常にめずらしいケースとなりました。株式発行の際に連携を行う外部の証券保管振替機構(「ほふり」)や証券会社、証券代行の担当者にも「本気ですか?」と言われていました(笑)。
奥村:ありましたね!「ほふり」や証券会社、証券代行では、1日に処理できるデータの上限が決まっているようなのですが、メルカリのデータ件数が多すぎて驚かれました…。はやめに各機関と調整をはじめていたこともあり、なんとか人海戦術で対応いただきました。また、RSUから1円SOに切り替え後も付与対象者が多く、ときにはシステムにデータを入れすぎて壊れてしまったこともありまして(笑)。本来ならば数字が横並びで表示されていく入力画面だったのに、急に下の方にも数字が表示されるというバグが出てきたりして、そのときは慌てました。
伊田:とても懐かしい話です(笑)。
株式報酬制度の仕事とは、「創業者や経営陣の想いをかたちにすること」である

宮田:お2人は、株式実務に関わる面白さをどのあたりで感じているのでしょうか?
奥村:私はメルカリに入社するまで、ずっと経理を担当していました。でも、経理はどこの会社でも似たような業務をすることが多く、若干“飽き”を感じ始めていたんです。一方で、株式実務はわからないことが多くてキャッチアップが大変でしたが、一つずつ調べながら解決していく過程は面白かったし、確実に自分の成長につながりました。なにより、メルカリの株式報酬制度はとてもユニークなので、ほかの会社では例がないようなチャレンジを続けられていることが、何より面白いです。
伊田:私は、株式報酬制度の内容を通じて、進太郎さんを含めた経営陣の考えに触れられるところに面白さを感じています。「進太郎さんは私たちのことをこんなふうに考えてくれているのか」「本気で成功の果実を分かち合いたいと思っているんだな」といった想いを形に落とし込んでいくことは、やりがいがありますね。
宮田:ちょっと聞いてみたいのですが……!インサイダーにならないように調整する仕事もしているということは、ほかの社員の方々に比べて伊田さんと奥村さんは自社株を売りづらくなったりしないのでしょうか?

奥村・伊田:あまり売れないです(笑)。
宮田:(笑)。
伊田:私たちGroup Governanceチームだけでなく、経理やCorporate Planning、IRなどのチームも同じ状況です。だからこそ、メルカリではインサイダー情報を持ちやすいチームをレッドリスト化して「ここに入ったら自社株は売りづらくなりますよ」という研修をしています。とはいえ、ほかのチームに比べて機会は少ないものの、年に1回は自社株の売却タイミングがあります。
宮田:売れるタイミングがしっかりあるんですね。ホッとしました!
「株式報酬のオールラウンダー」がいない状況で、”株チーム”はどう組成すればいい?

宮田:Nstockでは株式報酬のためのSaaSを開発しています。その影響もあり、他社の株式実務を担当する方から「どうすればメルカリさんのような株専門のチームを作れますか?」と質問されることもありまして(笑)。そこでお聞きしたいのですが、もしも他社で株式実務を担当する方から同じ質問をされた場合、みなさんはどうアドバイスしますか?
奥村:逆に私たちが聞きたいです(笑)。
宮田:(笑)。
野瀬:株式報酬のすべての領域に強い人は今も変わらず市場にほとんどいないので回答が難しいのですが、オールラウンダーを求めすぎないことが大事と言えるかもしれません。メルカリ(株チーム時代)では、人事関連でわからないことがあればHRの社員に助けを求め、源泉徴収でわからないところがあれば労務の社員に確認したりして、みんなの得意分野を持ち寄りながら力を合わせて株式報酬制度を作り上げていきました。その経験を踏まえると、最初から全部できる人を探そうとせず、コーポレートの色んなチームからメンバーを集め、プロジェクトチームを作るのが良いと思います。
伊田:そうですね。会社のミッションやバリューに共感した社員が集まることで、最初から同じ方向を向いて制度の設計や導入をスムーズに進められるのではないかと思います。
奥村:確かにそうですね。また、お互いにフォローし合えるスキルを持っているメンバーでチームを組成することも大事だと思いますね。
野瀬:株式報酬の設計は、必ずオペレーションをセットで考える必要があります。なぜなら、どれほど優れた設計でもオペレーションが難解だと社員の負担になり、制度としての完成度が低くなるからです。
宮田:(笑)ありがとうございます。とても勉強になりました!今度から「どうすればメルカリのような株専門のチームを作れますか?」と質問をされたら、そのように返そうと思います。

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