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「もしも上場前にSOを売却できたら?」セカンダリー取引経験者が米企業で触れた思想

もしもストック・オプション(SO)を未上場時点でも売却できたなら──。SOなどの株式を持つ人のなかには、そう考えたことがある人も少なくないのでは?

しかしながら、現在の日本では法律や慣習の関係で社員がSOを行使して取得した株式を対象としたセカンダリー取引は事実上不可能になっています。一方で、米国ではセカンダリー取引を行うための市場がすでにあり、実際に売却した人もいます。

そこで今回は米国スタートアップに勤務し、セカンダリー取引によってSOを売却したことがあるAさん(仮名)にインタビュー。具体的にどうやってセカンダリー取引が行われたのか、売却によって人生は変わったのか。くわしく伺いました。聞き手は、Nstockでセカンダリー事業を担当する沼田太朗です。

Aさん

大学卒業後、米国のスタートアップ複数社で勤務。日米両企業を経験し、現在も米国スタートアップに在籍中セカンダリー市場で売却。日本在住。

沼田 太朗(ぬまた・たろう) Nstock株式会社、セカンダリー事業担当

金融機関・コンサル後、金融スタートアップに入社。金融機関では信用リスクや与信・コーポレートファイナンス、スタートアップではバックオフィス責任者、CSなどを経験。三度の飯より決算書を見るのが好き。Nstock株式会社には2022年8月に入社。

SO売却にかかる税金で反対するかと思いきや、妻「今やらなくてどうするの!」

沼田 太朗(以下、沼田):Aさんは米国のスタートアップの複数社で働いたことがあり、そのうち1社であるD社では同社退職後にセカンダリー取引でSOを売却したと伺っています。そもそも、D社ではどういったかたちでSOが付与されていたのでしょうか?

D社の当時の組織規模について話すAさん

A:私はD社の組織規模が全世界で500人規模だったころに入社しました。入社時の条件に「毎月振り込まれる給与+入社時のSO+前職で放棄したRSUの補填としてサインオンボーナス」があり、SOはこのときにもらったのです。ちなみに、私が入社当時にもらったのは税制非適格なSOである「NSO」でしたが、翌年には新しい株式報酬制度としてRSU(譲渡制限付株式ユニット)が導入されました。私は入社タイミングがわりと早かったので、セカンダリー取引時のSOとRSUの価値は、入社当時に比べて20倍ほどになっていましたね。

SOをもらったときに印象的だったのは、D社のCEOから言われた「ここにいる全員がD社のオーナーです」「だから全員にSOを渡します」というメッセージ。この言葉どおり、入社後はあらゆる管理ツールの権限が与えられ、お客さま情報を含めた全情報にアクセスできる状態になっていました。また、CEOから投資家向けのレターも毎年送られてくるなど、SOをきっかけにD社へのオーナーシップがより強まったように感じていました。

SO・RSUともにスケジュールは「1 year cliff and 4 year vesting」で、付与後1年経過した段階で行使権利が25%発生し、その1ヶ月後に48分の1の行使権利が発生。最終的には4年の在籍ですべての権利を行使できる流れでした。RSUは1年在籍すれば持ち出し可能、SOは退職後3ヶ月以内に権利行使できる条件でしたね。

沼田:AさんはもともとSOにくわしかったんですか?

SOの存在をすでに知っていたかどうかについて切り込む沼田

A:父親が外資系企業の日本支社で働いていた関係で、SOの存在は知っていました。とはいえ、それほどくわしかったわけではありません。SOをもらったのもD社が初めてでしたし、売却する際にはかなり自分で調べました。

沼田:公開買い付けであるTender Offerが何度か行われていたと思うのですが、Aさんはどのタイミングで参加したんですか?

A:おっしゃるとおりTender Offerは何度か実施されていて、私が売却したのは2回目のときでした。

というのも、1回目のTender Offerは「SOを行使した株保有者のみ」が対象となっていて、この時点では私のRSUは権利化できるタイミングではなかったため売却していません。2回目のTender Offerではタイミングも合っていたため、SOを行使した株とRSUでもらった株それぞれの一部を売却しました。

ちなみに、RSUについてはRSU保持者の期限が切れてしまうことなどの理由から、Double Trigger条項が外され普通株へ転換されました。そのため、これまでもらっていたRSUも所得として申告しなければならず、一部を売ることにしました。SOに関しては非上場資産を対象にした投資が1ヶ月ほど開き、D社に投資していない投資家が買い取りたいと言ってくれたため、元社員限定でセカンダリー取引ができる市場が開きました。

沼田:先ほど、D社からもらっていたのはNSOと話していました。税制非適格なので税金がかなりかかったと思うのですが?

A:SOやRSUの税率を計算するためのスプレッドシートを作成していたので「どれくらいかかりそうか」はわかっていましたが……かなりかかりました。「税制適格SOだったらよかったのに」と何度思ったことか(笑)。

Aさんが税率を計算するために作成したスプレッドシート
Aさんが税率を計算するために作成したスプレッドシート

まだ何も振り込まれていない段階で「みなし利益」での所得として申告する必要がありましたので、SOを行使したときが辛かったですね。大まかな金額ではありますが、赤裸々にお伝えすると所得税だけで1,200万円前後、その翌年の住民税は月々50万前後を支払うことになりました。確定申告ではセカンダリー取引で売却した分を申請したので、それによって800万円ほど税金が引き抜かれています。

沼田:ご家族も驚いたんじゃないでしょうか。SOの売却に反対されたりしませんでしたか?

A:妻には相談していました。普通の給与労働者としては高額な税金を支払うことになるのでてっきり反対されるかと思ったのですが、「今やらなくてどうするの!」とむしろ背中を強く押してくれました。税金についても「1年くらいなら困窮生活になってもいいよ」と(笑)。一時期は「将来、必ず返します」という約束をしたうえで妻が生活費を一部肩代わりしてくれました。もちろん、全額返済済みです!

セカンダリー取引でSOの売却を決め、着金するまでの“悩める日々”

沼田:ここからは具体的に、セカンダリー取引での売却について伺いたいです。売却しようと思ったのはなぜですか?

A:非常に悩みました。お金に困っていたわけではないものの、退職後もD社の株だけでポートフォリオを組み続けていたため、株価の上下に自分の資産が影響を受ける状態になりつつあったんです。

売却する1年前はコロナ禍でD社の業績が伸びていて「まだまだ伸びるだろう」と思っていました。このときもTender Offerがありましたけれど、1円も売っていません。ところがその後、D社の株価は下降気味になり、次のTender offerが来るかも不明だったり、日本も円安傾向にありました。そういった変動要素を鑑みて「一度現金にしよう」となったのです。

Aさんはセカンダリー取引を決めた経緯を明かす

沼田:それは悔しい(笑)。セカンダリー取引での売却はどのように行われたんですか?

A:私の場合はTender Offerでのオファーを経て売却しました。売却後、D社内で精査して問題がなければ振り込まれる流れでした。さらにD社では、D社と既存・新規投資家が社員(退職者含む)の株を買い取る方法でした。この方法で社員の株を現金化し、別の投資家が買い増せるようにする目的もあったと思います。

ただ、いざ売却することを決めたものの、次は「何株売るか」で悩むことに。

沼田:それは非常に悩ましいポイントですね。

A:そうなんです、頭を抱えましたね。D社のSOはモルガン・スタンレーが提供する株式報酬管理プラットフォーム「Shareworks」上で管理していたのですが、「もっと多く売ろうか」「いやいや、売りすぎだ。もっと持っていたほうがいいだろう」などとつぶやきながら、2回ほど売却株数を変更。結果的に、半分売って半分残すことにしました。D社のオーナーの1人として応援したい気持ちがあり、なによりもっと成長できる企業だと今も信じているので、少しでも手元に残しておきたい気持ちになったんです。

ウィンドウが開くのは30日間のみ。短いと感じる方もいらっしゃるようですが、私にとっては迷う時間が少なくて逆に助かりました。初めてSOを行使して得た株を売却できたときは「あー、これでやっと現金にできる」という気持ちが強かったです(笑)。

でも、今度は「ちゃんと着金されるのか」が気になり始めて……。

沼田:悩みが尽きない(笑)。

Aさんは、いざ売却すると決めたものの「本当に大丈夫だろうか」と心が揺れ動いたと語る

A:本当にそのとおりです(笑)。何度かShareworksを開き、振込先口座を含めた入力内容が間違っていないかどうかを5回ほど確認しました。他人の口座に振り込まれていたらと思うと、とても怖かったです。

着金予定日はウィンドウが閉じた約1ヶ月後でした。着金当日は何度も口座を確認し、確認できたときはホッとしましたね。着金後すぐ、銀行から電話がかかってきて「外為法上、海外からの送金が3,000万円相当額を超える場合は日銀に事後報告する必要がある」と知りました。報告書に記載する内容がわからず日銀へ電話して確認したことも、今となってはいい思い出です。

沼田:在籍が日本の場合、ドルから円に換金されてから振り込まれるのでしょうか?

A:私はドルでもらいました。米国スタートアップの中には、円に換金してから振り込んでくれるオプションもあるようです。

SOの使い道で一貫させたのは「大事なときに使う」「生活は変えない」

沼田:SOを売却したことで、生活が大きく変わるなどはありましたか?

A:売却で得たお金は「子どもの教育費」「住宅の購入費」に使いました。「子どもの教育費」は、子どもを私立の学校へ通わせるために使いました。「住宅の購入費」では、2人目の誕生を機に、家を購入しました。2人目が生まれてから家の中が手狭になり、引越し先を探していたところ、偶然ほしかった場所に分譲地ができていて。いろいろ計算してみると、SOを売却したお金を元手にローンを組めそうだったのですぐに決めました。これがSOの使い道として一番大きいものだったかもしれません(笑)。

そのほかは、以前の生活とほぼ変わりません。むしろ、変えないようにしています。

セカンダリー取引をしたことでAさんの実生活にどんな影響があったのかを話す

沼田:変えないようにしている?

A:基本的に、私は株によって人生を左右されたくないと思っています。D社以外の株も持っていますが、株価をチェックするのは年に1〜2回程度だけです。

実は私、体調を崩して働けない時期がありました。そういった事態はいきなり起こりえるので、備えておきたいんですよね。今は家族も増えたのでなおさらです。

SOの使い道も、大事な場面だけでしっかり使おうと考えていました。子どもの教育費や住居費に費やしたのも、すべては家族のため。使っていない分は、何かあっても家族を養えるようにするためにリスクの低いもので投資信託やドルでの定期預金などで運用し、温存しています。「なるべく生活を変えない」とは、私や妻がそれほど豪華な生活を望んでいなかったことも影響しているかもしれませんけれど。

家族を安定的に支えるには、やはりお金が必要です。家庭が安定していれば、心に余裕もできますからね。SOの売却では、子どもの教育費や住宅の購入費が必要なタイミングに重なったのでとても助かりましたね。また、余剰資金を安定的に回せるように投資信託で運用しています。

沼田:それこそ、セカンダリー取引がなければ違った選択肢になっていたかもしれませんね(笑)。

A:その可能性はあります。家族みんなで手狭な家にぎゅうぎゅうとなりながら生活していたかもしれません(笑)。

ライフイベントを支えるためにも、お金の柔軟性は高いに越したことはありません。住宅の購入、子どもの進学・留学、介護など、お金が必要になるシーンは挙げればキリがない。そんなときにSOを柔軟に換金できれば、窮地を乗り越えられるかもしれません。そういう意味でも、セカンダリー取引などSOを換金できるスキームはあるといいですよね。

セカンダリー取引ができるかどうかの違いを語るAさん

「SO売却の機会が増える=退職率が上がる」の懸念に対する米国スタートアップの答え

沼田:D社を退職したあとも、Aさんはスタートアップで働いていますよね。スタートアップを選び続ける理由は?

A:純粋に、スタートアップが好きなんです。だって、ワクワクするじゃないですか。「今の世の中にないもの」「市場にインパクトを与えるもの」を創り出そうとしているスタートアップには、働くうえでの夢や希望があります。私は転職活動でも「ワクワクできそうか」は重視してきました。

「働くうえでの夢や希望」の1つに、SOやRSUがあると思っています。スタートアップでは大変なことも多く、その頑張りが正当に評価されなければやりがい搾取になりかねません。でも、SOやRSUのようなアップサイドがあれば、頑張れば頑張るほど報酬として跳ね返ってくる。私もD社のSOをセカンダリー取引で売却したとき、「自分の頑張りが跳ね返ってくるっていいな」と改めて思いました。

沼田:スタートアップで得難い経験をするだけでなく、その成果が報酬というかたちで受け取れるのはいいですよね。

セカンダリー取引の意義を話す沼田

A:おっしゃるとおりです。SOやRSUによってある程度のお金を確保できれば、転職先の給与が前職に比べて低くなってもある程度は生活を続けられますからね。自分にとってのバランスシート(貸借対照表)が健全であれば、家計のキャッシュフローが多少乱れても、長期的にはアセットを増やせる状態にできます。これは家族を養う立場にある人にとって重要なポイントです。

沼田:Aさんは米国スタートアップでセカンダリー取引を経験しています。ですが、日本ではまだセカンダリー取引ができません。この現状をどう感じていますか?

A:その会社に居続けることがハッピーな人にとっては問題ないと思っています。「上場するまで我慢して居続けるしかない」というアンハッピーな人がいるなら、もったいないことですよね。

持ち出し可能なSOであり、なおかつセカンダリー取引ができれば、個人としての選択肢はもっと広がります。それに、スタートアップのエコシステムもより良くなります。D社の元同僚たちもそうなのですが、米国では大きなスタートアップを経験した人たちは退職後、再び小さなスタートアップへ行くことはよくあります。そして、今まで培ってきた経験を活かし、事業を大きくしていく。こうやってスタートアップ全体で知見の循環が行われるのも、セカンダリーマーケットがあるおかげだと思っています。

沼田:その反面、セカンダリーマーケットでSOを売る機会が増えると退職率も上がるのではという懸念もありそうです。

A:それに関しては、日本と米国ではそれぞれ考え方が異なるかもしれません。米国では「人は入れ替わっていくもの」「だから社員の新陳代謝は常に行われる」という考えがあります。RSUに関しては米国企業の多くが「1 year cliff and 4 year vesting」という条件にしているので、入社して4年経った人が一気に辞めるような現象が顕著かもしれません。でも、長く働いてほしい人にはRSUやSOを上乗せし、さらに4年いてもらう。そこに魅力を感じないのであれば去ってもらっていいと企業側は考えているわけですね。

「セカンダリー取引があることで退職率が上がるのでは?」の質問に対して、米国企業の考えを明かすAさん

沼田:魅力に感じるかどうかを社員に委ねている?

A:そうですね。米国テック企業ではSOやRSUのような株式報酬を備えているところがほとんどです。それもあり、企業側は他社に劣ることがないように常に比較し、徹底的に磨き込んでいる。当然ながら社員側である我々も企業を比較し、いい条件があるのはどこなのかをしっかり見ています。いろいろな企業でそれぞれの株式報酬を経験することで、社員の知見もどんどん溜まっていくわけですし(笑)。

沼田:そうやって切磋琢磨されながら、米国の株式報酬は磨き込まれ続けているんですね。

A:日本でも、株式報酬はあって当たり前の世界になってほしいですよね。そして、切磋琢磨されながら磨き込まれてほしい。そうすればオーナーシップを持つ社員が増え、事業が大きくなり、それが社員にも跳ね返り……と、いい循環が生まれるはず。その循環を活発にするためにも、セカンダリー取引は必要です。

あと、これは個人的に感じていることですが、願わくば税制を変えてほしいです。まだ手元にお金がないのに納税しなければならないのは、なかなか厳しいものがあります。このあたりもぜひ、と思っています。

沼田:株式報酬をよりよいものにして、スタートアップエコシステムを活発にしたいのはNstockも同じ気持ちです!まずはセカンダリー事業で、日本のスタートアップを盛り上げるために頑張ります。本日はありがとうございました!

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