まるでスタートアップ経営!老舗銭湯「小杉湯」のCOOに“温かさ”の源泉を探ってみた
株式会社小杉湯 COO / 関根 江里子

“一般公衆浴場”という枠組みにとらわれず、会員制シェアスペースやイベント、さらには2024年4月には東京・原宿に「小杉湯原宿」を展開するなど、常に斬新なアイデアでファンを増やし続けている銭湯──それが、高円寺にある「小杉湯」です。
そんな彼らが「株式会社小杉湯」を設立し、信念に基づいた経営を行なっていることをご存知でしょうか?その気になる内容について、小杉湯COOである関根江里子さんにインタビューしました。
関根 江里子(せきね・えりこ) 株式会社小杉湯 COO
2020年にペイミーに入社し、カスタマーサクセス、CRM、マーケティング領域を中心に事業責任者を担い、同年末には取締役COOに就任。2022年に銭湯経営を目指し独立。株式会社小杉湯の事業責任者として、銭湯の運営や新規事業を担当している。
宮田 昇始(みやた・しょうじ)Nstock 代表取締役CEO
2013年にKUFU(現SmartHR)を創業。2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年にはシリーズDラウンドで海外投資家などから156億円を調達、ユニコーン企業の仲間入りを果たした。2022年1月にSmartHRの代表取締役CEOを退任、以降は取締役ファウンダーとして新規事業を担当する。2022年1月にNstock(SmartHR 100%子会社)を設立。株式報酬のポテンシャルを引き出すメディア「Stock Journal」を運営している。
「当時は、今のセブンイレブンくらい銭湯があった」銭湯全盛期に誕生した小杉湯

宮田 昇始(以下、宮田):SNSでも有名な小杉湯ですが、改めて創業エピソードを伺いたいです。
関根 江里子(以下、関根):開業当時は各家庭にお風呂がなかったため、銭湯の需要はとても高く、ビジネスとして全盛期でした。東京では北陸から出稼ぎに来た人たちが銭湯を開業するケースが多く、一説では「100%成功する事業」とも言われていたそうです。全盛期だと、銭湯の数は東京に約2,600軒以上もあって、この数は現在でいうところのセブンイレブンの数とほとんど同じなんですよね。

宮田:「100%成功する事業」ってすごいですね(笑)最初からめちゃくちゃ惹き込まれる話です。
関根:すごいですよね。それくらい銭湯には毎日たくさんの人が集まっていたので、番台では選挙演説が行われることもあったようです。
宮田:ちなみに、先ほど小杉湯の入り口には“重要文化財”と書かれていましたが、建築の歴史についても教えていただけますか?
関根:小杉湯は2021年1月、銭湯としては都内で3件目となる国の登録有形文化財に認定されました。小杉湯のような外観をもつ銭湯は「東京型銭湯」と呼ばれ、関東大震災以降に建てられた銭湯にみられる造りになっています。復興を祈願して建てられたため、人々を元気づける神社仏閣と同じ造りで、脱衣所の天井には屋久杉の両面彫があったりもします。今では屋久杉の伐採は禁止されていて、つまり二度と同じ建築は造れないため、創業から維持費を毎年数百万円ほどかけながら修繕をつづけています。
だいたい20年に一度は大規模修繕を行わなければならず、次のタイミングがそろそろなのですが、まだ見通しが立っていなくて。昨年秋ごろからボイラーや濾過機、調節箱(温度調整をするもの)が連続で故障しているので「早く計画しなきゃ…」と思っていたのですが、厄払いに行ったら不具合がピタリと止まりました(笑)。
令和を生き抜くため、2017年に「株式会社 小杉湯」を設立

宮田:銭湯の歴史についてすごく勉強になりました。そこから今の小杉湯に変わるまで、どんな変遷があったのでしょうか?
関根:大きな節目は、2017年に「株式会社小杉湯」を設立したことです。
小杉湯が誕生した昭和8年は銭湯の需要が高かったものの、今や、各家庭にお風呂があるのは当たり前な時代です。そんな状況の中、何も変化することなく10年20年と生き抜いていくことは難しい。銭湯を事業として考え直す必要があり、そのためにも法人格に移行し、事業として向き合い直すことを決めました。
設立後、まずは「若い世代の人が来てもらえる場所になろう」という方針を掲げ、デザインに気をかけるようになりました。銭湯では、番台などでスタッフと直接会話することはもちろんあるのですが、それ以上に、張り紙や看板、動線や家具といった「場やモノ」からメッセージを読み取る機会がとても多いんです。そのため、銭湯での体験全体から「小杉湯の温度感」が伝わるよう、デザインを整えることにしました。
たとえば、銭湯にいくと「場所取り禁止」の張り紙をよく目にしませんか?あれって字面だけでは「〜しないで!」と、ちょっと冷たく言い放たれているような印象を持っちゃう人もいるんですよね。なので、小杉湯では「場所取り禁止」を柔らかく伝えるために、このようなイラスト付きのPOPを置くことにしました。「〜禁止」ではなく「〜する前にこうしてね」と言い換えたかたちです。
こんな風に、いろんな場やモノに対して、「どうすれば小杉湯らしいかな?」と頭を悩ませながらひとつずつ作り上げています。ちなみに、このPOPは完成するまでに半年間もかかりました(笑)。

宮田:人気の秘密がわかった気がします。こういった「小杉湯らしさ」はどなたが考えているんですか?
関根:主には、代表の平松佑介です。平松の印象を一言でまとめると…銭湯みたいな人なんですよね(笑)。彼は生まれてすぐに小杉湯に通っていたこともあり、誰かと一緒にお風呂に入ることが普通の生活を過ごしていたそうです。そのためか、「お風呂の中ではみんな幸せそう=この世の中の人たちは全員いい人なんだ!」と本気で信じているんです。だから彼はよく「誰かに“開く”のではなく、誰にも“閉じない”ことを大切にしよう」とも話していますね。
また、平松にはクリエイティブディレクターに近いスキルがあり、イメージをビジュアルで伝えるのがとても得意なんです。そんな彼のもとに「サブカルチャーの街にある銭湯が好きだ」という多種多様な人たちが集まって、今の小杉湯のデザインや価値観がカタチになっていきました。
FintechスタートアップのCOOから、銭湯のCOOへ

宮田:ここからは関根さんのキャリアについて伺わせてください。関根さんは、FinTech系スタートアップであるペイミーでCOOを務めていましたよね。どういった経緯で小杉湯にたどり着いたんですか?
関根:おっしゃるとおり、私は2020年にペイミーへ入社しました。しかし、そのころのペイミーは資本政策がうまくいっておらず、私と当時のCFOが事業を継続するか、それとも事業を畳むかの2択しか残されていない状況でした。でも、私はペイミーの事業には将来性があり、まだ生き残るための手段は残っているんじゃないかと思っていたんです。その可能性を捨てたくなくて、当時のペイミー創業者から事業を引き継ぎ、COOに就任して1年半ほど奔走しました。
しかしそんな矢先、介護中だった父が亡くなるという出来事があったんです。さらに他にもさまざまな節目が重なって……。そのときに、ふと「銭湯を経営したい」という気持ちが降ってきました。
宮田:突然のインスピレーションですね!もともと銭湯が好きだったんですか?それとも何か別のご縁があったから?
関根:いえ、まったくです。もちろん銭湯は好きでしたが、知り合いがいたわけでもなく。小杉湯にも行ったことはありませんでした。それにも関わらず、不思議と「銭湯で働きたい」を通り越して「銭湯を経営したい」という気持ちが降ってきたんですよ(笑)。
宮田:降ってきた、というのが良いですね(笑)。その当時はどんな心情だったんですか?
関根:こういう時代だからこそ、“概念としての銭湯”が必要なんじゃないかと思っていました。時代は令和になり、銭湯の数は減っていくのは仕方がない。それでも、人と人が柔らかくつながれる時間は、こんな時代だから必要なんじゃないかって。
あと私、人生で初めて「ロジックで説明できないこと」をやりたいと思ったんですよね。もう優等生としては十分にやってきたからいいよね、と素直に思うことができて、すごくわくわくしたことを覚えています。

宮田:そこから、小杉湯にはすぐに出会うことができたんですか?
関根:いえ、まず最初に始めたことが「タウンワークで銭湯の求人を探す」だったので(笑)。浅草の湯どんぶり栄湯などでアルバイトをしながら、東京中の銭湯を回っては「銭湯を経営できるところを探しているんです!」と持ちかけていきました。
宮田:「働きたい」ではなく、もう最初から「経営したい」だったんですね。銭湯側としては驚かれたでしょうね(笑)。
関根:そうなんです。いろんな方から「なぜ銭湯を経営したいの?」と聞かれていましたが、いかんせん未経験の若造にしか見えないはずなので、どう説明するか毎回すごく悩んでいました。でも、今でもかわらず銭湯の経営への興味は尽きませんし、なんなら2年前より天職だと思っているくらいなので、あのときの直感は間違っていませんでした。
それから、銭湯の経営をするための動きは半年ほど続きましたが、首を縦に振ってくれる人はすぐに見つかりませんでした。でも、そんな私の必死な様子をTwitter(現X)で見かけて、声をかけてくれたのが小杉湯三代目の平松だったんです。2022年春頃の出来事でした。このとき、すでに小杉湯原宿(2024年4月オープン予定)の話は進んでいたのですが、事業としての銭湯を組み立てられる人がおらず、本当に実現できるのか不透明な時期でもありました。そんな背景があり、平松は直感で「この人なら小杉湯原宿に良さそう」と連絡をくれたみたいです。
その後、平松と何度か壁打ちを繰り返しながら「ほかの銭湯での経営を目指すのか」「小杉湯の関根江里子としてやっていくのか」の二択から後者を選び、現在に至ります。
宮田:すごい、もうドラマみたいですね。ここまで関根さんのしっかりとした考え方に驚いてばかりなのですが、子どもの頃の原体験で今につながることはあったりしますか?
関根:どうですかね…。あ、今思えば幼少期、父によく銭湯へ連れていってもらっていましたね。父の趣味はギャンブル!賭博!銭湯!という感じなので、唯一まともな楽しい記憶が銭湯だったんです(笑)。他にもここでは話せないような刺激的な経験がたくさんあるので、それらが今につながっているのかもしれません(笑)。
脱・家賃収入モデル!小杉湯が目指す“NEW 銭湯”の資金調達

宮田:記事にしたい話が多すぎて超大作になりそうです(笑)。ここからは、小杉湯の資金調達事情について知りたいです。そもそも、一般公衆浴場と呼ばれる銭湯はどういった資金繰りをしているんですか?
関根:前提として、一般公衆浴場と呼ばれる銭湯を経営するオーナーのほとんどは、地主さんなんです。オーナーのなかには複数のマンションを保有している人もいて、家賃収入だけで十分生活ができる人も少なくありません。1階が銭湯で、2階から上が賃貸アパートというケースも多いです。銭湯ごとに事情は異なるので一概には言えませんが、銭湯以外の不動産収益もある上で、成立するようになっているんです。
また、オーナーは家業として銭湯を経営していることが多いので人件費が多くはかからないケースも多いです。資金繰りをして経営するというより、お家ごとの考え方で銭湯を経営しているところが多いですね。
そんな前提がありつつ、銭湯が一般的にどうやって資金繰りをしているかでいうと、1つは「補助金・助成金の支給」、もう1つが銭湯業界特有の融資があげられます。
前者は、たとえば建築の耐震補強工事やバリアフリー化のための工事の費用を一部補助してもらえたり、またクリーンエネルギー化等補助金を受けることもできたりします。後者は、銭湯経営者を中心した金融機関があり、「長きにわたって日本に公衆浴場を残していきましょう」という想いのもと、銭湯の大規模修繕やリニューアル時に融資を受けることができます。
銭湯は、5年10年で資金を回収できるビジネスではないので、通常のデットファイナンスは難しい。なにより、銭湯はインフラであり公共の場であるため、入浴料金520円という環境を守っていくことは大事です。その価格でも事業を成立させていくには、これらの資金繰りをうまく活用する必要があります。

宮田:銭湯のファイナンスの話は全く知らなかったので、とても興味深いです。小杉湯さんは、どうされているんですか?
関根:小杉湯も基本的には同じです。もちろん融資は活用させてもらっていますし、補助金や助成金も受けています。一方で、小杉湯は家賃収入には頼れないという背景があり、新たな経営のかたちを模索しています。いくつか理由はありますが、冒頭でお話した「昔ながらの小杉湯の建築を守っていきたい」という想いが強くあるためです。
しかし、当然ながら「入浴料金520円」だけで経営を成立させることは簡単ではありません。そのため、私たちは銭湯を産業化する必要があると考えています。

宮田:銭湯を産業化、ですか。とても興味深いです。ぜひ詳しく教えてください。
関根:もし、銭湯がこのまま維持できるなら、産業化する必要はないかもしれません。でも間違いなく、銭湯という文化がこのまま何もせず残っていくことはありません。やり方は色々あると思いますが、小杉湯では、経営を成立させるためにも、また銭湯という文化を発展させるためにも、新しいかたちで銭湯を広めていく必要があると考えているんです。
その事例の1つが、小杉湯原宿です。「銭湯が商業施設のテナントに入る」という事例を原宿でつくれたことは、今後の選択肢を大きく広げてくれるはずです。
宮田:まさに、関根さんがおっしゃられていた“概念としての銭湯”が広がりつつあるんですね。
関根:そのとおりです。現時点で、小杉湯がやる予定はありませんが、地域に根ざした公共に近い場所を運営していくために、「土地と建物を証券化して、地域の共有財産にしていく」ということも考えました。例えば小杉湯を愛してくれている人たち全員で、小杉湯を維持させていく、という考え方です。そこで利益がでたらゆるく配当したりして。このやり方は、とても小杉湯っぽいと思うんですよね。
最近は、そんなアイデアをいろんなところで話しているからか、某大手企業の元CFOが思いを込めたドキュメントを用意してアイデアを提案してくださったりと、協力してくれる人材にも変化がうまれてきていますね。
「やりがいがあるから年収は低くていい」なんて言わせない

宮田:いろんなお話を聞かせてもらいありがとうございます。さいごに、2024年4月にオープンする「小杉湯原宿」の話もぜひ詳しく聞きたいです。
関根:ありがとうございます!小杉湯原宿は、いろんな紆余曲折を経てリリースをすることができました…。売上数百円の銭湯があのような一等地のテナントに入るわけですから、当然ですよね。
でも最終的には、ディベロッパーとして「銭湯があることで、周辺テナントの坪単価が上がった」「商業施設や街全体で見た時に、銭湯の間接効果が大きい」と言ってくれて、そのときは本当に嬉しかったですね。銭湯が街や商業施設に与える定性的な価値を賞賛いただくことは簡単でも、定量的な面でポジティブな意見をもらうことはとても難しいです。この小杉湯原宿の事例は、先ほどお話しした、銭湯が産業化した大きな一歩だと感じました。
ちなみに、本音を言うと、街の銭湯がそのまま存在し続けられるなら、資本主義的なことにも商業的なことにも、必要以上に触れたくないんです。資本の香りがしない場所だから、ローカルでニッチに愛されてきたわけじゃないですか。私自身、そういう場所の方が好きですし....
ただ、斜陽産業である私たち小杉湯が、この小杉湯の歴史と文化を残していくためには、小杉湯という文化が経済を回せるんだと証明しなければいけないと思っているんです。それをせずして、小杉湯を残したいというのは少し綺麗事なんじゃないかと感じています。

宮田:ちなみに、いま小杉湯の社員さんはどれくらいいるんですか?
関根:社員は4名です。2024年5月からはもうひとり増えて5名になりますね。業務委託のスタッフが多く、デザイナーが5〜6名、アルバイトスタッフが20名ほどになります。小杉湯原宿では、プロジェクトごとに関わってくださっている方も多く、小杉湯はとにかく関係人口が多い場所です。
やや話は逸れますが、私、「やりがいがあるから年収は低くていい」という考えが好きではないんです。別に高所得にしたいとかそういう話ではなくて、せっかく関わってもらえるなら、無理なく、長く働いてもらいたいんです。だから小杉湯では、報酬を少しずつ上げていくことにこだわっています。まだまだ理想には届きませんが、必ず目標を達すると決めています。
宮田:とても共感します。僕もその考えはあまり好きじゃないですね。
関根:特に、この発言を20代の人たちが言うようになってしまったら、社会が崩れていくと思うんです。だから、私たち世代は絶対に口にしてはいけないなって。
でも現実では、保育や介護など「必要とされているのに産業化しきれていない業界」が多くあります。そのような業界では、「やりがいがあるから年収は低くていい」と諦めてしまっているケースも少なくありません。社会全体を変えることは難しいけれど、まずは小杉湯から数ミリでも状況を良くしていきたいと思っています!
宮田:なんだか小杉湯は、スタートアップやゼブラ企業(「企業利益」と「社会貢献」の両立を目指す企業のこと)っぽさもあるような、素敵なチームですね。
関根:たしかに、ちょっとめずらしい雰囲気のチームかもしれません。そのためか、小杉湯には「穏やかだけど、するどい人」が多い気がします。でも、そういったスタートアップ気質の人材にはなかなか出会えないので…、この記事を読んで小杉湯にちょっとでも興味を持っていただいた方は、ぜひご連絡ください(笑)。
宮田:いいアピールですね(笑)。小杉湯原宿も、とても楽しみです。オープンしたら、Nstockのみんなで行きたいです。今日はありがとうございました!
関根:ありがとうございました!

小杉湯からのお知らせ
今回、インタビューに応じてくださった小杉湯さんのSNSをご紹介します。ぜひご覧ください。
小杉湯
小杉湯原宿
- 公式X(旧:Twitter)アカウント:https://twitter.com/harakado_
- 公式Instagramアカウント:https://instagram.com/harakado_/
Nstockからのお知らせ
株式報酬SaaS Nstockのサービスサイトでは、ユーザーさまの導入事例などさまざまな情報を公開しております。ご興味のある方はぜひご覧いただけますと幸いです。
- サービスサイト https://nstock.com/
- 導入事例 https://nstock.com/case/p/1

