株式報酬SaaS Nstock

ストックオプションはもはや「リスクの対価」ではない──SmartHR・LayerX・チューリングが語るIPO長期化時代の報酬設計

株式会社SmartHR 取締役COO / 倉橋隆文

株式会社LayerX 執行役員CHRO / 石黒卓弥

チューリング株式会社 取締役COO / 田中大介

グロース市場の上場維持基準の引き上げ、市況感の変化、そしてセカンダリー取引を含めた資金調達手段の多様化──非上場期間が長期化するスタートアップでは今、状況に応じた、採用・報酬・成長ストーリーも新しい視点が求められつつあります。従来のやり方から変化させていく必要性も一部で出始めており、頭を悩ませる経営者や人事担当者は少なくありません。

そんななか、スタートアップはどのように優秀な人材を惹きつけ、「長く働きたい」と思ってもらうにはどうすればよいのか?

そうした背景を踏まえ、2026年2月18日(水)、Nstockはオンラインイベント「IPO長期化時代の人事戦略について議論するイベント」を開催しました。成長スタートアップの経営を担う3名をお招きし、採用・リテンション・報酬設計・ストックオプション(以下SO)・セカンダリー取引まで、約1時間にわたって議論を繰り広げました。

登壇者は、従業員1,500名超を擁しながら非上場を続けるSmartHRの倉橋隆文さん、580名規模から来期1,000名体制を目指すLayerXの石黒卓弥さん、完全自動運転の実現を目指す80名規模のチューリングの田中大介さん。異なる規模やドメインの企業経営 / 執行に携わる方々から、それぞれの視座でお話を伺いました。

さっそく、イベントの様子をお届けします。

倉橋 隆文(くらはし・たかふみ) SmartHR 取締役COO 
2008年、外資系コンサルティングファームであるマッキンゼー&カンパニーに入社し、大手クライアントの経営課題解決に従事。その後、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。2012年より楽天株式会社(現:楽天グループ株式会社)にて社長室や海外子会社社長を務め、事業成長を推進。2017年にSmartHR入社、2018年1月より現職。

石黒 卓弥(いしぐろ・たかや) LayerX 執行役員CHRO
NTTドコモに新卒入社後、マーケティングのほか、営業・採用育成・人事制度を担当。また事業会社の立ち上げや新規事業開発なども手掛ける。2015年1月、60名だったメルカリに入社し人事部門の立ち上げ、5年で1,800名規模までの組織拡大を牽引。採用広報や国内外の採用をメインとし、人材育成・組織開発・アナリティクスなど幅広い人事機能を歴任。2020年5月LayerXに参画。

田中 大介(たなか・だいすけ) チューリング 取締役COO
2008年に東京大学経済学部経済学科を卒業。金融機関を経て、2011年にGoogleへ入社。法人向けクラウドサービス「G Suite(現:Google Workspace)」のエバンジェリストとして、年間100回以上の講演を行う。2016年より株式会社メドレーに参画。オンライン診療システムやクラウド型電子カルテなど医療機関向けのクラウドサービスを展開するCLINICS事業の事業責任者、執行役員を務める。2023年1月にチューリング株式会社にCOOとして参画。

CHAPTER 1:採用とリテンションの工夫

「いつIPOしますか?」にどう答えるか

かつては求人票に「IPO準備中」と書くことが、採用の引き付けとして機能していました。一方で、IPOの時期が見通しにくくなった今、各社は候補者に対してどのようなコミュニケーションを取っているのでしょうか。

SmartHRの倉橋さんは率直に語りました。

「よく聞かれます。僕も聞きたいですね。『私も知りたいです、わかりません』って答えてます」(倉橋さん)

ただし、1,500名を超える現在のSmartHRでは、SOを持たない従業員が過半数を占めており、IPOをそこまで意識しない従業員も多いといいます。むしろ「IPOはいつですか?」と聞いてくるのは、初期からリスクを取って入社した初期メンバーだと語りました。

LayerXの石黒さんによると、候補者から「いつIPOしますか」と直接聞かれることはそこまで多くないといいます。逆に増えているのは「IPOする予定はありますか?」という問い。特にコーポレート部門の採用では、IPOプロジェクトに関わること自体がキャリアのトラックレコードになるため、時期の明言は難しくとも「計画はあります」と伝え、候補者自身が想像するためのヒントを出すコミュニケーションを心がけていると話しました。

「期待値を持たせるようなコミュニケーションは難しい。ヒントを出して、それぞれでちゃんと考えてもらうようにしています」(石黒さん)

LayerX執行役員CHROの石黒卓弥さん

一方で、チューリングの田中さんはまだフェーズが若いからこその率直さで語りました。

「IPOに関しては2030年を目安にしているが、2年後には会社がなくなっている可能性はある。すごくデカくなるか、なくなるかのどちらか。どうですか?と。そんなスタンスです(笑)」(田中さん)

IPO時期を問われる以前に、会社の存続自体が不確実——。その前提を正直に共有した上で、それでも挑戦したいかを問うアプローチは、IPO時期という「いつ報われるか」の議論を超えて、事業そのものへの共感で人を集める原点回帰とも言えます。

ストックオプションだけでは通用しない時代の幕開け?

議論は採用市場の給与水準にも及びました。かつてのスタートアップでは「年収を下げる代わりにSOを出す」が通用していましたが、チューリングの田中さんによると、現在はそうした構造では採用が難しくなっているといいます。

「給与を減らしてSOで、という話はもう通用しません。ちゃんと額面も出した上で、さらにうまくいったらアップサイドがあるよ、という構造じゃないと厳しい」(田中さん)

チューリング取締役COOの田中大介さん

LayerXでは、2025年9月の資金調達に合わせて10月に昇給制度を導入し、さらに翌4月にも給与を一段引き上げる計画を進めています。石黒さんが強調したのは、これがベースアップではなく「Pay for Performance, Pay for Productivity」であるという点です。

「5段階評価のうち3を取ると昇給が出るけど、1や2では出ない。生産性に報いる、という明確なメッセージを全社に伝えています」(石黒さん)

SmartHRの倉橋さんも自社を「実力主義の会社」と表現しました。セールス職では成果を出せば年収と同額以上のボーナスが出る可能性がある一方で、成績がなければゼロという世界。大企業との差別化として「出世が遅い、昇給が出ない、3年経たないとマネジメントになれない、といった不満に対して、うちはそうじゃないよとアピールできる」と語りました。

CHAPTER 2:ストックオプションを"絵に描いた餅"にしないために

レイターステージにおけるストックオプションの性質変化

SmartHRの倉橋さんによると、SOの価値はフェーズが進むほど性質が大きく変わるといいます。

「創業初期はハイリスク・ハイリターンで100倍、1,000倍になるかもしれないけど紙切れになる可能性も高い。レイターになると仮に数千億円のバリュエーションが付いたとしても、5年10年で5倍いったらすごいよね、という世界に変わります。会社のフェーズが進むにつれて、ローリスク・ローリターンになっていくんですよね」(倉橋さん)

SmartHR取締役COOの倉橋隆文さん

実際に従業員から「SOじゃなく現金のほうがいいんですけど」と言われることもあるといいます。倉橋さんは、レイターにおけるSOは報酬というよりも、経営責任を持つ人間が株主とインセンティブをアラインするための道具に近い性質を持つようになると指摘しました。

ストックオプション・プールの拡大と使い分け

LayerXの石黒さんは、直近のシリーズBラウンドでSOプールを15%から20%(15%+5%)に拡大したことに触れました。追加の5%は「非連続の成長を作る将来のエグゼクティブ候補」に向けたもので、既存の15%は従業員の業績や成果に応じて活用していく方針です。

一方、チューリングは今回が初めてのSO付与です。田中さんによると、SOを出せない状況が続いていたが、「創業4年でようやく」というタイミング。Nstockのサービスを活用して説明会を実施したことを明かしました。

ストックオプションの「手触り感」問題

ここで田中さんが投げかけた問いが、議論を一気に深めました。

「SOの価値って、みんなどれくらいわかっていると思いますか? ぶっちゃけ、手触り感を持っている人は少ないのではないですか」(田中さん)

田中さん自身、金融出身でありながら「もらった時はあんまりよくわからなかった」と振り返ります。石黒さんもメルカリ入社時に「ストックオプションの『ス』の字も知らなかった」と告白しました。IPOのタイミングですら実感がなく、退職を考えた時に初めて気づいたといいます。

「日本でSOの恩恵を受けたなって思っている人の方が少ない。だからこそ、説明だけでは限界があります。IPO前にセカンダリーでも何でもいいから、一部でも現金が入ってくる成功体験が必要だと思うんです」(田中さん)

この発言を受けてモデレーターは、Nstock代表の宮田がSmartHRの代表を務めていた頃に実施したアンケートの話を紹介しました。SOの価値が浸透しているかを従業員に聞いたところ、理解していたのは約40%。理解していた人に共通していたのは、チーム内にメルカリ出身者がいて「SOってすごいんだよ」と伝えてくれていたケースだったといいます。田中さんが指摘するように、まずは成功体験を持つ人を増やし、その実感がスタートアップの中で広がっていくことが重要だという認識で、登壇者の意見は一致しました。

なおチューリングでは、創業者であり代表取締役CEOの山本さん(山本一成さん)と田中さんが、それぞれ前職でのSOのキャピタルゲインを創業初期に出資しています。その経験を社員にも伝え、「もし将来大きなキャピタルゲインを得たら、同じように次の挑戦に活かしてほしい」というメッセージを発信しているとのことでした。

CHAPTER 3:「もったいないストックオプション」をなくすために

支えてくれた人に報いるためのセカンダリー

SmartHRでは2025年にVCセカンダリーを実施しました。倉橋さんによると、VCセカンダリーは会社には1円も入ってこない取引。それでも実行に踏み切ったのは、長年リスクを取って出資してくれたVCの方々に報いたいという思いがあったからだといいます。

「出資から10年くらい経つと、当然ファンド期間の問題が迫ってきます。VCの方々にはリスクを取って出資していただいたので、何かしらリターンをお返しするのは当然のこと。ここは責務として実施することを決めました」(倉橋さん)

さらに、初期からリスクを取って入社し、SOを保有し続けている従業員に対しても、セカンダリーの機会を検討したいと語りました。

「IPOまでが長期化するのであれば、初期メンバーへ従業員セカンダリーの機会を提供するのも責務だと思っています。一部のSOを換金することで一定の現金を手に入れて、またやる気を出して『もう2倍3倍頑張るぞ!』となるのが理想」(倉橋さん)

退職時持ち出しと「応援団」づくり

LayerXの石黒さんは、信託型SOから出し直しを行ったタイミングで、退職後もSOを持ち出せる仕組みを導入したことについて語りました。

「退職した方が、この会社にいた時間をポジティブに思ってくれている状態は、会社にとってすごく大事です。辞めた後もサービスの導入を勧めてくれたり、応援団でいてくれます」(石黒さん)

SmartHRの倉橋さんも、途中から退職時持ち出しを導入した背景を語りました。

「フェーズが合わなくなった人を無理やりSOでつなぎ止めるのは、その人にとっても周りにとっても不幸です。IPOまでが長期化する時代だからこそ、SOを持ち出せるようにした方が関係者全員がハッピーになると思っています」(倉橋さん)

スタートアップはもう「リスク」ではない

最後に田中さんが、こんな問いを投げかけました。

「スタートアップに行くのはリスクだって言うじゃないですか。でも、本当にリスクですかね? ある程度のキャリアがある大企業出身者がスタートアップに入ったとして、もし仮にあまり結果が出なかったとしても、絶対に市場価値は減らないし転職できちゃうじゃないですか」(田中さん)

人材の流動化が進み、スタートアップからメガベンチャーや大企業への転職も珍しくなくなった今、SOは「リスクの対価」ではなく「純粋なアップサイド」と捉えることもできる——。田中さんの問いかけは、報酬設計の前提そのものを問い直すものでした。

Q&A ハイライト

イベント中、多数の質問が寄せられました。その中からいくつかをご紹介します。

ストックオプション・プールの付与数はどう決めている?

倉橋さんは「将来の組織体制を予想して、何人の執行役員が必要で、どれくらい残すべきかを逆算する。初期に全部配りきるのは避けたほうがいい」とアドバイス。石黒さんは付与数をグレード別に計算し、15%と5%の箱を分けて細かくシミュレーションしていると語りました。田中さんは「全員に広く浅く配る分」「成果に応じて配る分」「将来の採用・経営陣向け」と階層を分けて設計していると説明しました。

ストックオプションは従業員へのインセンティブとして機能しているか?

「人による、としか言えない。めちゃくちゃインセンティブになっている人と、よくわからないという人がいる。このばらつきがもったいない」(倉橋さん)

石黒さんも同意しつつ、「IPOを待てないという気持ちも従業員にはあるだろう。ただ、その方も悩んではいるので、多分インセンティブ効果は発揮しているんだと思う」と語りました。LayerXでは退職時に在籍年数に応じてSOの一部を持ち出せる制度を設けており、仮にその上で残りを手放して新たな挑戦に進む選択をしても、「それも人生の選択。応援するしかない」というスタンスだといいます。

ストックオプションの条件設計は何で決めるべき?

田中さんは「リクルート風に言えば『お前はどうしたいんだ』というところ」と笑いつつ、SOの条件設計には経営者自身の思想と意思が色濃く反映されると語りました。広く配るか幹部のみか、退職時持ち出しを認めるか——正解はなく、経営者のフィロソフィーが問われるという点で、登壇者3名の意見は一致しました。


約1時間にわたるイベントでは、フェーズも事業内容も異なる3社が、率直な言葉で自社の取り組みと課題を共有しました。

IPO長期化という環境変化の中で、「現金報酬とSOをどう組み合わせるか」「SOの価値をどう伝えるか」「従業員にどう報いるか」——これらの問いに唯一の正解はありません。しかし、今回の議論を通じて見えてきたのは、SOの位置づけが「リスクの対価」から「純粋なアップサイド」へと変わりつつあること、そしてセカンダリー取引のような「報われる仕組み」の整備が今後ますます重要になるということです。

Nstockは、株式報酬SaaS「Nstock」の提供を通じて、スタートアップの報酬設計を支援しています。SOの管理・付与・従業員への価値可視化にご関心のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

ご登壇いただいた倉橋さん、石黒さん、田中さん、そしてご視聴いただいた皆さま、ありがとうございました!

SmartHR、LayerX、チューリング各社の採用サイトはこちら

整理された情報表示で、管理の手間を軽減

株式報酬SaaS Nstock導入の検討や、製品の詳細などお気軽にお問い合わせください