なぜSBIグループへ?約150名分の社員のストックオプションはどうなった? M&Aの裏側をビットバンクCFOに直撃
ビットバンク株式会社 取締役執行役員CFO / 加藤正晃

暗号資産交換業のビットバンク株式会社(以下、ビットバンク)は2026年6月25日、SBIグループへの参画を発表しました。SBIグループが投じたのは総額467億円。ビットバンクは2014年の創業から12年、非上場のまま事業を伸ばしてきました。ここから、戦い方を変えることになります。
グループ参画の理由も気になるところですが、もう1つ注目しておきたいのが「社員のストックオプション(以下、SO)はどうなったのか?」ということです。
日本のスタートアップの多くがSOの行使条件に「上場すること」を入れています。こうした条件のままM&Aを選択すると、権利者は行使できないまま権利を失うことになりますが……ビットバンクではどうだったのでしょうか?SBIグループ参画を決めた背景とともに、同社取締役執行役員CFOの加藤正晃さんに伺いました。
加藤 正晃(かとう・まさあき) ビットバンク 取締役 執行役員 CFO
2017年にビットバンク株式会社へ入社。公認会計士として、監査法人で会計監査業務、事業会社で財務経理業務に従事した経験を活かし、財務・経理、法務、人事・総務などのコーポレート部門の基盤整備を推進してきた。現在は取締役執行役員CFOとして、経営管理全般を統括するとともに、経営企画、資金調達、監査対応などを担当している。暗号資産業界における会計・税務・法規制への対応やコーポレートガバナンスの高度化を推進し、持続的な成長を支える経営基盤の構築に取り組んでいる。
暗号資産の法改正は「追い風であり、事業のハードルが上がった」
──ビットバンクさんは事業拡大だけでなく、代表取締役社長CEOである廣末紀之さんが一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)の会長を務めるなど暗号資産交換業を取り巻く環境も良くしながら上場を目指していた印象がありました。まずは、SBIグループへの参画を決めた理由から伺えますでしょうか?
加藤正晃(以下、加藤):私たちビットバンクにとって、上場もM&Aも「会社にとって大事な手段の1つ」とフラットに捉えていました。今回においては、会社の今後を考えた結果、一番いい手段として選んだのがM&Aでした。
ビットバンクの現在の立ち位置をお伝えするためにも、ここで暗号資産の世界で何が起こってきたのかをお話しさせてください。本当は一つひとつの背景を丁寧にお伝えしたいところですが取材時間オーバーになってしまうので(笑)。ざっと書き出してみるとこのような感じになります。
[暗号資産の大まかな歴史]
- 2017年:ビットコインが200万円を超え230万円台まで急騰。その後の下落局面でコインチェックのNEM流出事故が起きる
- 2018年〜:業界全体が顧客保護へ舵を切り、ガバナンスやリスク管理の体制づくりが進む
- 2020年〜:コロナ禍へ突入。金融緩和と財政出動で市中のお金が増え、値上がりが始まる
- 2021年:DeFi(取引所のような運営者を介さず、プログラム上で売買や貸し借りができる仕組み)が流行し、相場は大きく上昇
- 2022年:米国が政策金利を0%付近から5%超へ引き上げ。金利のつかないビットコインは売られ、年末頃まで下落
- 2023年〜:利上げが止まり相場は落ち着く。市場の関心は「既存金融との融合」へ
- 2024年:4年に一度の半減期(新しく発行されるビットコインの量が半分になるタイミング)と、米国での現物ビットコインETF承認が重なり、機関投資家から10兆円規模の資金が流入
──ちょっとめまぐるしすぎるような(笑)。そういえば、ビットバンクさんのSBIグループ参画が発表される半年ほど前に、金融庁の審議会が「暗号資産の規制を資金決済法から金融商品取引法(金商法)へ移す」という方向を示していました。その改正法案が衆議院を通過し、ビットバンクさんの参画発表の翌月には成立しています。この流れを、どう受け止めていらっしゃいますか?
加藤:自然な流れだったと思っています。もともと、暗号資産は銀行のような管理者を置かずに、個人同士が直接お金をやりとりするための仕組みとして生まれました。それが今、米国では同じ仕組みの上で株式やお金がやりとりされ始めています。
具体的には、1トークンに1株が紐づいていて、それを売り買いすると株式を売買したのと同じになる。こうしたものをトークン化株式と呼びます。1トークンに1ドルや1円を紐づけたステーブルコインも、同じ発想ですね。こうした動き全体を「オンチェーン金融」と呼んだりします。
米国には、日本の資金決済法のような「暗号資産だけの別法」がありません。株式をトークンにしても「株式は株式」として、そのまま証券法が適用されます。技術も制度も地続きなんです。このように、暗号資産のための仕組みに株式や現金が加わり、銀行や証券の世界に近づきつつある動きが強まっていました。
一方で、日本は「暗号資産は資金決済法」「株式は金商法」「送金・預金は銀行法」と、法律ごとに事業が切り分けられています。ビットバンクは暗号資産交換業者、つまり資金決済法の側の会社です。ところが、扱う商品がトークン化株式やステーブルコインに広がると、同じブロックチェーン上の取引なのに、証券会社と同じ金融商品取引業の登録がないと扱えない。技術は地続きなのに、免許が地続きではなかったのです。今回の改正法が施行されれば、暗号資産と既存金融との制度上の距離も近づいていくと考えています。
──ビットバンクさんにとっては追い風ですね。
加藤:追い風であるとともに、事業のハードルも上がりました。
暗号資産だけでなく、株式やステーブルコインなど既存金融との融合が進むなか、米国ではCoinbaseのように時価総額10兆円規模まで成長するプレイヤーも生まれています。私たちも本来はそうした大きな成長を目指したい。ですが、日本では暗号資産交換業単体の事業モデルのまま、そこまでの企業価値を得ていくことは容易ではありません。
より大きな成長を実現するためには、既存金融も含めて事業領域を広げていく必要がある。そう考えたときに、選択肢の1つとなったのがM&Aでした。
M&Aを決めたのは「市場のパラダイムシフト」「上場へのハードル」そして…
──本格的に、M&Aを視野に入れたのはいつごろだったんですか?
加藤:先ほどお伝えしたとおり、ビットコインは2021年に相場が大きく上昇しました。このとき、ビットバンクでも事業基盤やリスク管理・コンプライアンスなどの内部体制をより強化していくため総額75億円を調達していました。しかしその後、市場の関心は既存金融との融合へ移り、ビットバンクのような暗号資産交換業者だけの事業は評価されづらい状況になっていきました。
それに、上場すること自体のハードルもあるんです。国内で暗号資産の流出が続くと、「市場で株を買う一般の投資家にこのリスクを負わせていいのか」という議論になり、上場のハードルは高くなってしまいます。そういう環境のなかで、以前から選択肢の1つとしてあがっていたM&Aがより有力な候補となっていきました。
──経営陣のみなさんの間で、意見が分かれることはなかったのでしょうか?
加藤:意見が分かれることはありませんでした。上場であれ、M&Aであれ、ビットバンクにとっていい結果をもたらすものであれば、誰も反対する理由はないので。もちろん、株主のみなさまの納得感も重視しました。そういう意味では、今回のM&Aでは、株主のみなさまにも納得いただける価格でのディールにできたと思っています。
──なぜSBIグループさんだったのでしょうか?
加藤:SBIグループは、3大戦略の1つに「オンチェーン金融」を掲げています。国内でここまで宣言されているグループは他にないですし、信託型円建てステーブルコイン(JPYSC)も提供しており、金融機関としての規模も大きい。
何より、SBIグループとビットバンクは戦略的にも相性が良かったのです。SBIグループの暗号資産交換業であるSBI VCトレードと合算すると、預かり資産残高で国内ナンバーワンになります。両社の戦略的な方向性が合致したかたちだと考えています。
上場やM&Aに関わらず「会社にとって大きなひと区切り」をみんなで喜び合いたかった
──この取材で伺いたいことの1つに、ビットバンクさんがM&Aを選んだことで「社員のみなさんのSOがどうなったのか?」があります。そもそも、ビットバンクさんはどういったSOを導入されていたのでしょうか?
加藤:ビットバンクでは、代表である廣末が「みんなの目線を揃えたい」という思いから、創業して間もないころにSOを導入しました。そのため、直近に入社された方を除いてほぼ全社員にSOを付与していました。
SO設計内容はこのようになっています。
- 種類:税制適格SOと有償SOを併用
- 行使条件:上場条件、M&A条件、在籍条件
- 段階的なベスティング:なし
- M&A時の行使:あり
権利行使価額はその時々のフェアバリュー(公正価値)で決めて、全社員に配るかたちにしました。信託型SOに対する国税庁の見解を経てセーフハーバールール(2023年に国税庁が示した権利行使価額の算定ルール。純資産価額方式などが使えるようになり、公正価値より低い価格を設定できる余地ができた)ができ、公正価値よりも低い行使価額で発行できる可能性がでてきました。でも、それでは創業当初に入社した社員に対してフェアではありません。ビットバンクでは、創業時は一番リスクがあり、そこにしっかり報いつつも全員が同じ目線に立てるように今の設計内容にしました。
──当初から、M&A時の行使は「あり」としていたんですか?ビットバンクさんが創業された2014年当時を考えると、めずらしいように感じました。
加藤:めずらしかったかもしれませんね。でも廣末は、上場やM&Aに関わらず「会社にとって大きなひと区切り」をみんなで喜び合いたいと考えていました。そのため、M&A時の行使を条件に入れていたのです。
ちなみに、今回のM&Aでは約150名の社員がSOを行使しました。行使自体は特殊なことをするわけではないのですが、既存の株主も含めて200名分の身分証を集めて手続きして……というのはなかなか大変でした。すべて対応できて、ホッとしているところです。
──SOの付与時に「M&Aしても行使できる」ということは説明されていたんでしょうか?
加藤:付与時に説明していました。ただ、SOは金融の専門家でもわからないところが多い領域なので、ちゃんと伝わっているかどうかはわかりません(笑)。今回の行使を通じて、気づいてくれた社員はいるかもしれないです。
──ビットバンクさんの既存株主だったMIXIさんとセレスさんとの間で、SOの扱いは論点になりましたか?
加藤:セレスもMIXIも、ベンチャーから大きくなった会社です。「尽力した従業員が報われるのはいいことだ」というDNAを持っていたため、ご理解いただきました。本当にありがたい限りですね。
経営メンバーとしての胸のうちと、これからのビットバンクでの挑戦
──今回のM&Aで、ビットバンクさんは1つのexitを迎えられました。加藤さんを含む経営メンバーの方々の間では気持ちを打ち明けあったりしていましたか?
加藤:私は「ビットコインでビックカメラの決済ができる」という記事を見かけたことをきっかけに、2017年にビットバンクへ入社しました。「一体どういうことなんだ?」と興味を持ち、いろいろな記事を読んだり、実際にビットコインを買ってみたりしていくなかで、どんどん深みにはまっていきまして(笑)。当時、ビットバンクが運営していたニュースサイト「BTCN」も愛読していたのですが、そこにCFO候補募集の記事を見つけ、話を聞きに行ったのがすべての始まりでした。
──愛読していたメディアを入り口にそのまま入社したということですか!
加藤:そうなんです。このときのビットバンクはまだ小さな組織だったこともあり「ここからみんなと一緒に会社を大きくしていきたい」と思えたことも決め手になりました。
思えば、スタートアップらしい体験をたくさんしてきました。それは、他の経営メンバーも同じでした。M&Aが具体化してきたタイミングで、廣末と私、そしてCOOの野田(ビットバンク取締役COO 野田直路さん)と3人で食事をしたんです。本当に小さな規模だったときからずっと一緒にやってきた思い出を振り返りつつ「楽しかったよね」と話していました。
同時に、暗号資産という領域を独立系のスタートアップとしてやり続ける難しさも改めて感じました。金融ビジネスはお客さまの財産をお預かりするサービスだからこそ責任が重く、今後さらに事業領域を広げていくには、これまで以上に強い資本力が求められます。独立系として単独で成長していくことには一定の制約も感じていました。
そういう意味でも、ビットバンクがSBIグループに参画できたことはとても大きな追い風になりますし、サービスの価値を多くのお客さまに届けられるようになります。できることが増える分、ビットバンクのみんなと今まで以上に大きなチャレンジができます。これからのビットバンクが、SBIグループとともにどうなっていくのか、ぜひご期待いただきたいですね!
──今回の取材で、ビットバンクさんがお客さまだけでなく、社員のみなさんも大事にされているんだと感じました。本日はありがとうございました!
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