上場前後のストックオプション実務、どこから手をつける?——準備しておきたい論点まとめ
ストックオプションの基礎知識

ご好評いただいている「SO教室」シリーズ、今回のテーマは上場前後のストックオプション(SO)実務です。権利行使、株式売却、確定申告——上場後に発生するこれらの実務は、事前の準備が足りないとリスクやオペレーション負荷の増大に直結します。
「証券会社や株主名簿管理人がリードしてくれるのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、蓋を開けてみると発行会社側で決めなければならないことが山ほどあります。上場を経験したスタートアップからも「もっと早い段階から準備しておけば…」という声をよく聞きます。
ただ、上場後の実務についてまとまった情報は意外と少なく、「上場してから初めて知った」という声が多いのが現状です。この記事では、権利行使・株式売却・確定申告の3つのフェーズごとに、上場前から押さえておきたい準備項目を整理しました。
1. 権利行使編——「行使したいのにできない」を防ぐ
上場後、いよいよSOの権利行使が始まります。しかし、いざ権利者が行使しようとしたときに「まだ準備ができていなかった」というケースは少なくありません。
保管委託契約と証券会社選び
まず確認すべきは、証券会社との保管委託契約です。税制適格SOの場合、行使後の株式は会社が保管委託契約を結んだ証券会社の「専用口座」で売却まで管理する必要があります。これは税制適格要件の1つなので、契約が未締結だと行使自体に進めません。
ここで押さえておきたいのが、保管委託契約は必ずしも上場の主幹事証券会社と結ぶ必要はないという点です。保管委託先の証券会社は、上場後のSO実務において日常的にオペレーションを共にするパートナーになります。担当者との相性やオペレーションの連携のしやすさはもちろん、SOの行使手続きや株式の売買に用いられるツールの使いやすさもしっかりチェックしてから契約すべきです。ほかにも、税制適格SO行使後の株式を売却するときに都度電話や書面での注文が必要なのか、それともWebツールで簡単に売れるのか、についても証券会社によって異なります。事務局・権利者双方の負担が大きく違ってくるポイントなので、予め確認しておきたい点です。
行使を予定している権利者全員が専用口座を開設済みかについても早めに確認しておきましょう。口座開設には一定のリードタイムが必要なため、行使直前に慌てることがないよう準備をしておくことが肝要です。
行使フローと受付体制の設計
意外と盲点なのが、行使に関する社内外のフロー整備です。行使時に株主名簿管理人や証券会社に提出する帳票の作成・提出方法、行使から株式入庫までのスケジュール、権利者からの問い合わせ窓口、社内の関係部署との連携、行使の受付期間をどう設定するか、など決めることがたくさんあります。仮に行使を毎日受け付ける場合、行使請求のたびに書類チェックと入金確認が必要になるため、月次でスケジュールを組むなどの工夫も検討すべきです。なお、行使受付期間を会社側でコントロールするには、SOの契約書に行使スケジュールに関するルールを定めておくとスムーズです。SO設計の時点からオペレーションを見据えた条項を盛り込んでおくと良いでしょう。
もう一つ重要なのが、手続きのデジタル化がどこまで進んでいるかです。これも証券会社や株主名簿管理人によってまちまちで、紙やFAXが中心の手続きを求められるケースもまだ多く残っています。事務局側の運用負荷に直結するポイントなので、早めに確認しておくことをおすすめします。後から「こんなに手作業が多いとは思わなかった…」と後悔するのは避けたいところです。
「行使過誤」を防ぐチェック体制
行使フローの設計で軽視できないのが、「行使過誤」のリスクです。実際に上場会社で、本来行使できないSOを誤って行使してしまう事例が複数報告されています。権利者本人も事務局側も気づかないまま処理が進んでしまい、後から発覚して大きな問題になったケースもあります。
SOの行使可否を判定するには、ベスティング条件(段階的な権利確定条件)、行使期間、在籍要件、ロックアップ、業績条件など、発行回号や個人ごとに異なる複数の条件を一つひとつ照合する必要があります。加えて、退職・休職・M&Aなどのイベントが絡むと条件が変化することもあります。これをスプレッドシートや紙の台帳を用いて人の目でチェックしている限り、ミスをゼロにすることは現実的に困難です。事務局の担当者が何人いても、発行回号が増え権利者が増えるほど、ヒューマンエラーの確率は上がっていきます。
だからこそ、行使条件の判定をシステムで自動化し、チェックの属人性を排除する仕組みが必要です。ロックアップ期間中の制限など、行使や株式売却の可否に関わる条件は事前に整理し、複数人でチェック——できれば人ではなくシステムでチェックする体制を作っておきましょう。
休職者・退職者への対応
SOの設計によっては、休職中や退職後も権利を保持したまま行使が可能なケースがあります。こうした権利者に対しては、通常の社内コミュニケーションでは情報が届かないため、行使に必要な手続きや期限の案内が漏れがちです。イレギュラーな連絡が必要な権利者ほど対応が後回しになりやすく、「行使期限が切れていた」「連絡先がわからなくなっていた」というトラブルにつながることもあります。在籍中から連絡手段を確保しておくことが大切です。
2. 株式売却編——インサイダー取引規制と売却ルールの整備
権利行使の次に待っているのが、株式の売却です。ここで最も注意すべきはインサイダー取引規制への対応です。
インサイダー取引規制は「会社を揺るがすリスク」
インサイダー取引規制は、違反すれば5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、さらに課徴金の対象にもなります。本人の刑事罰・経済的ダメージはもちろん、違反が報道されれば会社のレピュテーションに深刻な傷がつくのは避けられません。社員一人の不用意な行動が、会社全体を揺るがすリスクに直結するという認識を、全社で共有しておく必要があります。
しかも、規制対象は本人の取引だけではありません。他人に利益を得させる目的でインサイダー情報を伝える「情報伝達行為」や、株式売買を勧める「取引推奨行為」も金融商品取引法で禁止されています。悪意がなくても、雑談のつもりで口にした情報が規制違反になる——そんな怖さのある領域です。
だからこそ、社内研修の徹底と情報管理の仕組み化が不可欠です。Googleドライブのアクセス権限やSlackのチャンネル設定など、インサイダー情報が意図せず拡散しない仕組みを整える必要があります。特にSlackのオープンチャンネルでうっかりインサイダー情報が公開されてしまうと、そのチャンネルを見た全員の自社株の売却機会が失われかねません。
加えて、インサイダー情報"らしきもの"を社内で拾い上げ、インサイダー情報に該当するかどうかを判定し、情報保有者へ周知する仕組みも必要です。本人がインサイダー情報の保有者だという認識がないと、悪意なく情報が拡散してしまうリスクがあるためです。
「自社株売却に関する社内ルール」は上場前に決めておく
インサイダー取引規制への対応とセットで早めに決めておきたいのが、自社株売却に関する社内ルールです。
少なくとも次のような項目は、上場前に整理しておくことをおすすめします。
- 売却可能期間(Window)をいつに設定するか:四半期決算発表の翌日から何営業日まで、といった形で明確にする
- 申請フローはどうするか:事前申請制にするのか、申請のツールや提出書類はどうするのか
- 誰が売却可否を判断するか:法務?管理部門?社内で判断がつかない場合はどうするのか
- 売却後の報告の要否:何をどのタイミングで報告してもらうのか
- 退職者の扱い:退職後も申請が必要か、フローはどうするのか
これらを早めに固めておくことで、上場後の運用が一気にスムーズになります。
株式取引の勉強会と「知る前計画」
多くの社員は、株式取引に不慣れです。指値・成行といった基本的な注文方法や証券会社のツールの使い方について、社内勉強会でカバーしておくことをおすすめします。「自分で調べてね」だと結局わからないまま放置されがちです。特定のタイミングで社員が一斉に株式を売却すると株価にネガティブなインパクトが生じることもあるため、分散売却への理解を促すことも重要です。
さらに、インサイダー情報に触れやすい役員・社員向けの売買機会を確保する手段として、「知る前計画」の活用も検討の余地があります。対象者の選定やフォーマット準備は顧問弁護士と早めに進めておくとスムーズです。
意外と知られていない「別口座への移管」リスク
最後に、意外と知られていないけれど必ず押さえておきたい落とし穴をひとつご紹介します。税制適格SOを行使して取得した株式を専用口座から別の証券口座に移管すると、「みなし譲渡」として扱われ、課税の繰延を受けられなくなる(保管委託要件を満たさなくなる)リスクがあるという点です。
税制適格SOの大きなメリットの1つに、行使時点では課税されず、実際に株式を売却したタイミングでまとめて譲渡所得として課税される——つまり課税タイミングを売却時まで繰り延べられることが挙げられます。ところが、専用口座から別口座へ株式を移した瞬間に「その時点で譲渡があったもの」とみなされ、売却していないのに課税イベントが発生してしまう可能性があるのです。
この論点は実務の現場でも意外と認知されておらず、「自分が普段使っているネット証券の口座の方が便利だから」と軽い気持ちで移管してしまう権利者もいるかもしれません。証券会社や顧問税理士からも積極的に説明されることが少ないため、会社側から先回りして注意喚起しておく必要があります。
3. 確定申告編——「知らなかった」では済まないお金の話
確定申告の必要性と納税タイミング
税制適格SOを行使して取得した株式を売却した場合、翌年に確定申告が必要です。「会社が年末調整でやってくれるんでしょ?」「証券会社が源泉徴収してくれるはず」と勘違いしている権利者は意外と多く、ここの周知は徹底しておく必要があります。
特に気をつけたいのが、税金の支払いタイミングです。たとえば1月に株式を売却したとすると、確定申告の締め切りは翌年の3月15日で納税もその時期になります。つまり売却から納税まで1年以上のタイムラグが生じます。
このタイムラグが意外な落とし穴になります。売却益が手元に入った瞬間に「自由に使えるお金」と錯覚してしまい、住宅購入の頭金に充てたり、投資に回したり、大きな買い物をしたり——納税のタイミングで「あれ、税金分を取っておくの忘れた」という声を実際に耳にしたことがあります。売却額のうち税金相当分(約20%)は別口座に分けて確保しておくといったお金の管理方法を、会社から権利者にしっかりアナウンスしておくことをおすすめします。
会社としてのサポート体制——「紹介できる税理士」を確保する
会社としてどこまで確定申告をサポートするかも事前に決めておきましょう。大きく分けて「すべて本人に任せる」パターンと「会社が税理士を紹介する」パターンの2つがあります。
おすすめなのは、会社として紹介できる税理士を事前に見つけておくことです。これには次のようなメリットがあります。
- 権利者が自分で税理士を探す手間が省ける:SOの確定申告に慣れた税理士を個人で見つけるのは意外と大変です。会社が候補を用意しておけば、権利者はすぐに動けます。
- 自社の株式報酬スキームを事前にインプットできる:税理士側に、会社のSO設計(税制適格かどうか、発行回号ごとの条件、行使価格など)をあらかじめ共有しておけば、個々の申告対応がスムーズになります。権利者ごとにゼロから説明する必要がなくなり、問い合わせを受ける事務局側の負担も、権利者の負担も軽くなります。
- 申告ミスが減る:税制適格SOに係る税額計算や申告書の作成は難易度が高く、不慣れな人だとミスが起きがちです。事前に必要な情報をインプットした税理士なら、計算ミスや申告漏れのリスクを最小化できます。
国税庁の動きも要チェック——今後厳しくなる可能性
最後に、直近の大きな環境変化に触れておきます。2025年10月、会計検査院の調査により、SOの行使に伴う申告漏れ・課税漏れの疑いが生じているというニュースが話題になりました(2025年10月21日 日本経済新聞 朝刊 2頁)。
記事によると、2021〜22年の2年間で約150人・総額60億円規模の利益について、国税当局が課税の要否を確認できていなかった可能性があるということです。これを受けて、国税庁は2025年8月に各税務署へ調査厳格化の方針を通知しており、過去の申告分も精査する方針が示されています。
つまり、今後は国税庁・税務署側のSOに対するチェックが一段と厳しくなることが予測されます。社員に向けた確定申告のサポート体制を整えるだけでなく、SO設計・運用全体を「税務調査が入っても説明できる状態」にしておく意識が、これからますます重要になるといえます。
まとめ:上場前から「上場後」を見据えた準備を
上場後のSO実務は、権利行使・株式売却・確定申告という3つのフェーズにまたがり、それぞれに固有の準備事項があります。上場してから慌てて整備するのではなく、上場準備の段階から「上場後に何が起きるか」をシミュレーションしておくことが、トラブル防止の鍵です。
特に、インサイダー取引規制への対応や確定申告のサポート体制は、権利者個人だけでなく会社全体のリスクに直結します。「うちはまだ先の話」と思っている会社ほど、いざ上場した途端に「誰がこれ決めるの?」と社内がバタバタするものです。ぜひ早めの準備をしておきましょう!
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留意事項
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