SmartHRの“100億円規模”セカンダリー取引、打診を受けた投資家の本音──CFO森さん×WiL難波さんインタビュー
SmartHR 取締役CFO / 森 雄志
WiL パートナー / 難波 俊充

2024年9月、SmartHRは3年ぶりとなる資金調達(シリーズE)を実施しました。その内容は、新株発行による資金調達(以下、プライマリー)に加えて、既存株主による株式売却(以下、セカンダリー)を併せたものでした。金額は、合計で約214億円!(うちセカンダリーは100億円規模)
調達の裏側はこちらのインタビュー記事にあるとおりですが、セカンダリーに関してはどうだったのでしょうか?そこで、SmartHRのCFOの森雄志さんと、今回のセカンダリーで買い手になったWiLの難波俊充さんに直撃。「セカンダリー取引を打診されたときのVCの反応は?」「プライマリーとの条件面の違いは?」などいろいろと質問したところ、思わぬ本音トークが飛び出しました。聞き手は、Nstockのセカンダリー事業を担当する小澤 慧です。
森 雄志(もり・ゆうじ) SmartHR 取締役CFO
2016年に楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)へ入社。IR部に所属し、国内外の投資家面談や決算関連業務、株主総会対応、M&A、資金調達など、IRを中心に幅広いコーポレートアクション業務に携わる。2020年3月に株式会社SmartHRに入社。海外投資家対応をはじめ、資金調達や資本政策などの財務戦略の策定を担当している。
難波 俊充(なんば・としみち) WiL パートナー
2003年から2013年までサイバーエージェントに在籍し、広告代理事業、米国支社代表取締役、投資子会社SVPなどを歴任。その後、2013年のWiL創業時から、日本国内のスタートアップをBtoB/BtoC含めシリーズAから多数支援している。
小澤 慧(おざわ・さとし) Nstock セカンダリー事業担当
三菱商事の新産業金融事業グループにて、ファンド投資業務や投資先スタートアップ支援等に携わった後、在NYの金融機関向けAML/KYC管理SaaSのAlloy(シリーズC)と、同じく在NYのコンプライアンス管理SaaSのThemis(シード期)でChief of Staffとしてセールス、マーケティング機能の立ち上げを経験した後、Nstockに入社。ペンシルベニア大Wharton校にて、MBAを取得。
「プライマリーとセカンダリーで約200億円のラウンドを組成できるんじゃないか」という感覚だった
小澤 慧(以下、小澤):資金調達から少し時間が経ってしまいましたが、セカンダリーを実施した経営者・投資家それぞれの目線で振り返ってみてもらいたいです。よろしくお願いします!

森 雄志(以下、森):はい、よろしくお願いします!
まず前提からお話しさせてください。SmartHRは上場を目指していますが、現状では「そのタイミングではない」という判断に至っていました。ただし、今後の事業の成長のために、資金調達をしておく必要はありました。それに加えて、今までSmartHRにコミットしてくれた投資家や創業メンバーに報いるためにも、セカンダリーも兼ねたシリーズEラウンドを実施することにしたのです。
プライマリーでは約100億円を確保する必要がありました。そのうえでセカンダリーも加えるならば、150〜200億円の規模感になるかもしれない。大きな金額ではありますが、WiLさんから紹介していただいたTeachers’ Venture GrowthさんやKKRさんといったレイターステージの投資家の方々と2023年の年末からずっとコミュニケーションをしていましたし、既存株主のWiLさんも追加で出資できるという話もいただいていました。前例にないことではありましたが「これならプライマリーとセカンダリーで約200億円規模のラウンドを実行できるのでは」という感覚でしたね。
……と、ここで僕から質問をしちゃうのですが、難波さんはSmartHRのシリーズA、そして今回のシリーズEにも参加してくださっています。シリーズAは10年ほど前になりますが、当時と今とでは投資先を選ぶ目線感も変化していますよね。今回、投資してくださったのはどういう前提があったのでしょうか?

難波 俊充(以下、難波):そもそも我々WiLはマルチステージで投資しているファンドなので、レイターステージの投資検討をすることもよくあります。そのため、今回のラウンドで投資検討すること自体に違和感はありませんでした。すでに他の投資家の方々も今回の調達時にコメントされていますが、我々もSmartHRさんがマルチプロダクト化していくことで日本を代表するHR SaaSプラットフォームになり、国内の労働生産性向上を促進する重要な役割を果たすことに期待しています。そういう意味でも、チャンスがあれば追加出資したいと思っていましたし、上場後も株を保有したいという話も出ていたほどです。
森:ありがたいです!
VC視点でSmartHRのセカンダリー実施をどう感じた? WiL難波さんの本音
小澤:難波さんは、非上場段階でセカンダリーを実施するという方針の共有を受けたとき、ぶっちゃけどう思われましたか?
難波:WiLとしてはセカンダリーに対して否定的な考えはなかったです。ただ、「一人当たり売り出し量が数億円を超えないか」は確認しました。米国でもキーマンによるセカンダリーでの売出金額が1〜2億円を超えてくると、会社へのコミットメントが維持しづらくなってしまう事例もあります。それさえコントロールできれば、セカンダリーに大きなデメリットはないと思っているのです。
SmartHRさんの場合、今後5年間で重要な役割を担うであろうキーマンには、これまでの活躍にはしっかり報いつつ、一方でコミットメントが弱くならない範囲の金額でセカンダリーをしてもらっていました。なので、大きな懸念もありませんでしたね。

森:2024年の年明けくらいに難波さんから米国のセカンダリー事例を伺いつつ、「誰がどれだけ売るか」は考えていました。今回のセカンダリーでは宮田さんと内藤さん(SmartHR共同創業者である宮田昇始と内藤研介さん)も株を売却したのですが、2人ともCxOポジションから退任した後だったこともあり、サクセッションの一環として進めていました。その点においては少しだけ特殊な状況だったかもしれないですね。

難波:そうでしたね。他の新規投資家から「宮田さんと内藤さんの社内に対する影響力や役割はどれくらいですか?」という質問もありました。新規投資家にとってSmartHRさんのこれまでの経緯などはわからないところも多いので、宮田さんと内藤さんがセカンダリーで売り出すことによる影響を把握しておきたかったのだと思います。
小澤:今回SmartHRが実施したのは普通株のセカンダリーですが、ストックオプションの行使によるセカンダリーについてはどう思いますか?ストックオプションを行使したセカンダリーの場合、既存株主としてストックオプションを行使されることによる持ち分の希薄化は気にならないですか?
難波:あまり気になりませんね。我々は「ストックオプションは行使されるもの」という前提でリターンを算出しているので、そのタイミングが多少前後するくらいであれば影響はないと考えています。
仮に、ストックオプションが行使されることで「ストックオプションが減った分を追加で発行していいよね!」となり、当初ストックオプションプールは20%だったはずなのに、行使済みを合わせると30%になっていた……などであれば気にしますが。基本的にはスタートアップのみなさんを信じているので、そのような事態は考えたこともなかったです。
セカンダリー実施後の社内の反応はどうだったのか?
小澤:セカンダリー実施後に社内の雰囲気に変化はありましたか?
森:今回のセカンダリーは売り手も限られていたので、社内的なインパクトはそんなにありませんでしたね。どちらかと言えば、プライマリーとセカンダリーを含めて約214億円のラウンドを実施できたことは社内のモメンタム向上に繋がりました。前回の資金調達(シリーズD)から3年ほど経っていて、その間にSmartHRの経営体制も変わっています。新しい経営体制での実績や成長戦略が評価されたことは、経営陣の自信にも繋がりましたし、今後の成長に向けて大きくドライブをかけていく原動力になりました。採用面でも、ポジティブな影響が続いています。

難波:僕からも、森さんに質問してみていいですか?セカンダリーは、いわゆる組織の新陳代謝を促すところもあります。SmartHRさんのセカンダリーで売り手になった人に、「そろそろこの辺りでひと区切りしたい」と思って売られた方もいたのでしょうか?
森:今回のセカンダリーで数名の社内株主が一部の保有株式を売却しました。宮田さんと内藤さんはサクセッションという理由がありましたが、ほかの方々のなかには次への挑戦につなげたい人もいらっしゃいました。
難波:スタートアップの初期メンバーにはゼロイチが得意な方も多いので「ストックオプションがあるから退職できない」という理由で、フェーズが合わなくなった組織に在籍し続けるのは良くないと思っています。セカンダリーがあることで、そういった方々が次のスタートアップに挑戦できるのはとてもいいことですよね。

森:難波さんもおっしゃるとおり、すでに新しいチャレンジをしている初期メンバーもいます。適切なフェーズへいくためのバトンを渡せたことで、スタートアップエコシステム全体にもプラスになっていれば嬉しいですね。
セカンダリーで難しかった「需要の調整」と「実施タイミング」
小澤:セカンダリーをしてみて、手続きなどはどうでしたか?
森:買い手・売り手が複数いたので、契約書や送金手続きがスケジュール通りに進むよう、全体を管理することは大変でしたね。
セカンダリーはあくまで投資家同士の取引ではありますが、先買権や共同売却権の手続き、譲渡承認のための取締役会決議など発行体が関与する部分も多い。それに加えて今回はプライマリー(資金調達)とのセットなので、複数の手続きをタイミング合わせて行うことが必要です。プライマリーの交渉が佳境になるなか、セカンダリーの手続きも管理することは難易度が高くけっこうなハードワークでした。
難波:売る側と買う側の需給、そして条件を合意する必要がありますよね。ファンドごとに求めるリターン目線が異なることはもちろん、そのときファンドが置かれている状況によって投資に使える金額なども変わってくるので。
米国のセカンダリー事例でも、双方の需要と供給の関係上、実施するタイミングや価格などの条件面の目線を合わせることに手を焼いたスタートアップもあります。そういう意味では、セカンダリーは「今後も成長を期待されている会社なのかどうか」が重要です。それによって、売り手と買い手の需要と供給のバランスが生まれます。この流れは確実ですね。SmartHRさんの場合は需要と供給の認識が近かったので、調整しやすいほうだったかもしれないですね。

森:そうですね……。最初の関門である「条件面の合意形成」を突破したら、あとは契約の実務を進めていくだけなのですが、その負担も想像以上に大きかったです。これ以上効率よく進められるかどうかはわからないのですが、当社のコーポレートチームの負担も大きかったと思います。
「成長し続けている会社」だからこそセカンダリーが成立する
小澤:SmartHRさんのシリーズEラウンドなどを受けて、セカンダリーを有効活用するスタートアップが増えていくんじゃないかなと思っています。実際にセカンダリーを実施して「ここを気をつけておいたほうがいい」などの懸念点はありますか?
森:セカンダリーは「成長し続けている会社」だからこそできることだなと思いました。当然ながら、買い手がいないとセカンダリーはできませんので。SmartHRの資金調達も、5〜7年スパンでもきちんと成長を続けられる戦略を示し、このタイミングで投資しても十分にリターンが得られると投資家に感じてもらえたからこそ、買い手がついてくれました。
今後セカンダリーの事例は増えてくると思いますが、会社として証明すべきことはプライマリーでもセカンダリーでも変わりません。中長期的な成長期待を持ってもらうことで調達が可能になり、調達後に実績を着実に示すことでまた新たな買い需要が生まれます。非上場企業の株式の流動性は成長することでしか担保されない。この点を改めて意識する機会になりました。

また、今回のように新規の投資家がセカンダリーも含めて資金を大きく投じられるマーケット環境が今後も続く保証はありません。プレイヤーが限られる非上場取引においてセカンダリーの売り手・買い手の需給が一致するタイミングはとても貴重です。SmartHRの既存株主の方々も価格だけでなく売り出し機会の希少性も加味して踏まえて、売り出しの判断を行なったのだと推察しています。
Nstockが準備しているセカンダリー事業が実現できれば、非上場株式の流動性が上がり、よりスタートアップの資本政策の柔軟性が上がるので、とても期待しています。
難波:最後に、僕から森さんに質問させてください。セカンダリーが増えることで、スモールIPOは減ると思いますか?

森:実際にスモールIPOのトレンドに影響を与えるかはわかりませんが、セカンダリーが増えることでスタートアップがより事業戦略ドリブンでIPOタイミングを決められる状態になると思います。一般的に上場タイミングは事業フェーズや株主のファンド期限、ストックオプションの行使期限などで決まっていきますが、これらは独立した要素もあり、何かを妥協しながらIPOタイミングを決めていくのが一般的ではないでしょうか。
セカンダリーが増えれば株主のファンド満期の影響を一定緩和できるので、事業戦略に基づいてIPOタイミングを決定する余地がより増えると思います。やはりIPOは資金調達イベントであり、その前提となる事業戦略を主役に据えて上場タイミングを議論したいのが1スタートアップのCxOとしての思いです。
それに加えて、IPO銘柄に期待される時価総額や売上規模のハードルが世界的に上がっていることも認識しておく必要があります。特に大手テック企業の時価総額が上昇し続けている米国ではその傾向が顕著です。最近の東証の議論も見ていると、早晩日本でも上場時の基準が上がっていくと思います。そうするとスタートアップの創業から上場までの期間が長くなるのは間違いなく、その期間の資本政策をサポートするセカンダリー取引市場の発展は、エコシステムの発展のためには必須の要素だと考えています。
小澤:Nstockが提供する予定のセカンダリー事業は、売り手・買い手が取引を行う場として社内取引所を用意し、取引上で発生する発行体の事務手続きのサポートをしたいと思っています。今回のインタビューを通じて、SmartHRさんの事例をプロダクトに反映できる機会をいただけたのはとてもありがたいですね。会社とスタートアップで働く人たちがWin-Winでリターンを得られる土壌を作るためにも、Nstockのセカンダリー事業をより頑張っていこうと思いました。森さん、難波さん、本日はありがとうございました!


