『FACTFULNESS』『ゼロ・トゥ・ワン』の翻訳家はなぜVCに?関美和さんから見た、スタートアップの男女差の“今”
MPower Partners ゼネラルパートナー/翻訳家 / 関 美和

新卒入社してすぐにダンプカーにはねられ、それを機に人生を考え直して外資系投資銀行へ転職。その後「ちょっと休もう」と考えて退職するも、夫から離婚を切り出されて、生活のために翻訳家となり『FACTFULNESS』『ゼロ・トゥ・ワン』といったヒット作を手掛ける──そんな波乱万丈な人生を送ってきた関美和さんが50歳の節目に選んだキャリアが「VC」でした。
関美和さんが友人たちと3人で2021年に立ち上げたのは、日本初のESG重視型ファンド「MPower Partners」。なかでも、関さんが特に注力したいと考えているのが「女性起業家や女性キャピタリストを増やすこと」です。
そんな関さんは、日本のスタートアップにおけるジェンダーギャップの変化をどのように感じているのでしょうか?関さんのこれまでのキャリアとともに、お話を伺いました。

関 美和(せき・みわ) MPower Partners ゼネラルパートナー/翻訳家
電通、スミス・バーニーを経て米ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得。米モルガン・スタンレー投資銀行を経て、米クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長。『FACTFULNESS』、『ゼロ・トゥ・ワン』などの翻訳も手がける。2021年にベンチャーキャピタルファンド「MPower Partners」を設立。慶応大学文学部・法学部卒業。ハーバード大学院卒業。
宮田 昇始(みやた・しょうじ) Nstock 代表取締役CEO
2013年に友人と起業。2年間で10回以上の失敗を経て、2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2017年に社名を「株式会社SmartHR」に変更、2021年には海外投資家などから156億円を調達しユニコーン企業に。2022年にSmartHRの代表を退任し、自身が感じたスタートアップエコシステムの課題を解決するための新会社「Nstock株式会社」を設立。Nstockは2024年に国内投資家などから30億円の資金調達を実施。
ダンプカーにはねられ、大怪我を負ったことを機に人生を考え直す
宮田 昇始(以下、宮田):実は、関さんとの出会いはけっこう衝撃的でして……。たしか2021年秋ごろ、子どもと駒沢公園でピクニックをしていたんです。そのとき、公園内のランニングコースを外れてこちらへ向かって全力で走ってくるランナーがいらっしゃって。息を切らしながら「SmartHRの宮田さんですよね!?」と言われ、思わず「こ、怖い……!」となってしまいました。
それから3年経った2024年、関さんに再会しました。しかし初対面だと思っていたんですよね。ご挨拶したら、「いえ、実は2回目で……駒沢公園で……」と言われて、「あ、あのときの!」となりました(笑)。

関 美和(以下、関):驚かせてしまいましたよね、すみません!ちなみにあの後、足を骨折してしまい、それから3年ほど走っていません。怪我が多い人生なのです。
宮田:怪我が多い人生(笑)。では、怪我のお話を交えつつ、関さんのこれまでのキャリアについて伺えますでしょうか?
関:私は新卒で電通へ入社しました。しかし、入社後1年経たないうちに、当時は東京・築地にあった電通本社前でダンプカーにはねられました。顔を骨折するという怪我を負い、しばらく入院となったのです。
宮田:「ダンプカーにはねられた」というエピソードを聞くのは、40年生きてきて初めてです(笑)。サラッと話されてはいますが、大変な大怪我じゃないですか。
関:そうなんです。病院のベッドで動けないなか、「これからどうしよう」と考えていました。やりたいことを書き出してみるなかで「留学したい」「いつかは子どもがほしい」、そして「十分以上に経済的に自立していたい」という強い気持ちが改めて見えてきました。そこで、まず目の前の目標だった海外の大学院に行くための方法として外資系金融機関で数年は経験を積みながらお金を貯めようと決め、退院して少ししてから電通を退職しました。交通事故は、私にとって大きな転機となったのです。
宮田:僕も20代後半に大きな病気になりました。顔面麻痺になって顔が動かなくなったり、車椅子になったりした時期があって。そのとき、今後の人生について考えました。大きな怪我や病気は、人生を見つめ直す機会になるんですね。

話を少し戻しますが、関さんは電通を退職後、外資系金融機関へ転職したということですよね。どちらへ転職されたのですか?
関:私が転職したのは外資系投資銀行であるスミス・バーニーでした。たまたまスミス・バーニーでアナリストをしていた先輩が「ハーバードビジネススクールに受かった」と聞き、「同じ人間で、しかも女性で、なおかつ日本人でそんな人がいるなら、私も1%くらいのチャンスがあるかも!」と思ったんです。あとになって考えると、「同じ人間」というめちゃくちゃ大きなくくりで「私にもできるかも?」と妄想していたことが実現したという原体験が今につながっているような気がします。
宮田:留学後は、再び外資系投資銀行へ?
関:留学後は、ニューヨークのモルガン・スタンレー本店で、投資銀行部門のアソシエイトとして採用されました。そこで1年半〜2年ほど勤務したのち、エクイティキャピタルマーケット(企業が株式を通じて資金調達する際の支援を担当する部門)へ異動。このときの日本はバブル崩壊後でした。そのため、日本の銀行によるM&Aが盛んだったのです。不良債権で毀損したバランスシートを立て直すために、M&Aと同時にエクイティファイナンスに力を入れていました。外資系投資銀行がアドバイザーとして参加してエクイティファイナンスを進めていくプロジェクトがあり、偶然にも私が日本人だったためメンバーとして参加。そのまま、東京へ転勤となりました。
「ちょっと仕事を休もう」と退職したもののすぐに夫から離婚を切り出され、生活のために翻訳家へ
宮田:ビジネススクールに留学するという目的を果たせたので、次のキャリアは金融以外の選択肢もあったのではないかと思います。再び金融の世界に飛び込もうと思った理由は何だったのでしょうか?
関:純粋に「お金の世界」に惹かれたんですよね。例えば「食べるのがとても好き」という方がいらっしゃるじゃないですか。美味しいものを食べると本能的に楽しい・嬉しいと感じていますよね。それと同じで、思い通りに株価が上がると気分が高揚する感覚がありました。金融の成果は比較的短期で見えやすいので、それが脳の報酬体系に直接作用する……そんな感じでしょうか?発行体や所属する企業がたくさんのお金を稼げたときに、本能的に喜びや興奮を感じました。

宮田:でも、関さんは留学後に外資系投資銀行へ飛び込んだものの、退職後は翻訳家になっていますよね。お金の世界からむしろ遠ざかったようにも思えますが、なぜ翻訳家に?
関:上の子が中学生、下の子が小学4年生くらいのタイミングで、私は支店長になりました。これまで仕事に邁進してきたことや40代半ばになったこともあり、「ちょっと仕事を休んで、子どもたちと一緒にいる時間を確保しよう」と思い、退職することにしました。
……なのですが、仕事を辞めて半年ほど経ったとき、夫から離婚を切り出されまして。
宮田:急展開ですね(笑)。
関:無職になったばかりだったので「仕事を辞める前に言ってほしかった」と思いました(笑)。当時はリーマンショックの影響もあり、すぐに仕事が見つからず。しばらくのつなぎとして始めたのが翻訳業でした。
私はもともと本が大好きで、子どものころから翻訳書もたくさん読んでいました。だからこそ言うのですが、翻訳書って読みにくくないですか?
宮田:僕はそもそも本を読むのが苦手なのですが、翻訳書は特に読むのがつらいです。
関:ですよね。私も「こうすれば読みやすくなるのに」と、大学時代から考えていました。このときは翻訳が仕事になるとは思っていませんでしたが、今思えば、ずっと考え続けてきたアイデアを実行に移すいい機会になりましたね(笑)。

ただ、フリーランスの翻訳家はあまり稼げません。翻訳家の印税率は約4〜8%ほどなので、仮に1,500円の書籍を翻訳した場合、出版されるのが5,000部ならば印税的に1冊あたり100円以下になります。どんなに時間がかかっても、翻訳家の手取りは50万円ほどです。
そこで私は「何部のものを何冊翻訳したら食べていけるだろう」と計算してみました。その結果、平均1万部で、年間10冊を翻訳したら、ギリギリ食べていけるかもしれないと思ったのです。
しかし、英語から日本語に変換する時間や、内容について調べる時間がかかり、早い人でも1冊の翻訳に3ヶ月以上かかってしまいます。これでは年4冊が限界です。でも、限りなく日本語で読むスピードまで上げられたら、1日1冊くらい翻訳できるんじゃないか。そうすれば、年間300冊翻訳できるんじゃないか、と妄想しました。
そう簡単ではないものの、「早い・うまい・安い」が特徴の吉野家のような翻訳家を目指して試行錯誤しました。そのおかげで1冊あたり1ヶ月半程度で翻訳可能になり、年間7〜8冊くらいは翻訳できるようになったのです。特に「早い」は意識しましたね。嬉しいことに、翻訳書を出すにしたがってだんだんと印税率が上がっていきました。なので途中から「安い」は取り下げました(笑)。
女性起業家や女性キャピタリストを増やしたい──ESG重視型ファンド「MPower Partners」誕生
宮田:そして関さんは友人であるキャシー松井さんと村上由美子さんの3人で、日本初のESG重視型のファンド「MPower Partners」を2021年に設立しています。VC立ち上げのきっかけは何だったのでしょうか?

関:私とキャシーさん、村上さんは30年来の友人で、誕生年月が同じということもあり、一緒に誕生日を祝うのが恒例でした。そんな3人で50歳の節目に「次は何をしようか」と話しているなか、「これまでのいろいろな経験をすべて活かせるような投資」で「次の世代につながる仕事」がしたいね、となりまして。アクティビスト的な投資も考えていたのですが、結果的に日本ではまだ前例がなかったESG重視型でのファンドとしてMPower Partnersを立ち上げることにしました。
宮田:ESGを重視、としたのはなぜですか?
関:3人ともそれぞれ動機は異なります。キャシー松井さんはESGという言葉が一般的になる前から、「環境や社会やさまざまなステークホルダーに配慮した経営が企業の長期的な成長につながる」と、ずっと言い続けてきた方です。スタートアップにもこの原則は当てはまるというのが私たちの仮説でした。私は以前から「日本のスタートアップに女性起業家や女性キャピタリストはもっと増えたほうがいい」と思っていましたし、「VCとしてのパッケージ」も意識しました。

ファンドを立ち上げる前に、Coral CapitalのJames(Coral Capital創業パートナーCEOであるJames Rineyさん)に相談したんです。そのときに言われた「VCはコンビニに並んでいるお茶のペットボトルと同じ」「いろいろなブランドがあるけど、中身は同じ『お茶』なので、手に取ってもらえるような特色がないといけない」という言葉がとても印象に残ったのです。
先ほども少し触れましたが、当時の日本ではまだESG重視型のファンドは前例がありませんでした。そもそも女性キャピタリスト3人で立ち上げていることに加えて、そこにESGの要素が加われば、ほかのファンドにはない特色を持つことができます。Jamesの言うとおり、似たビジネスを提供している業界だからこそ、私たちがDEI(Diversity、Equity、Inclusion)や女性、ESGというカードを切ることは有効だと思ったのです。
宮田:ファンドを設立して3年半ほどですが、これまでに投資されたのは何社ですか?金額やフェーズ、投資先のスタートアップなども伺いたいです!
関:現在、MPower Partnersでは17〜18社ほどに投資しています。1社あたり約5億円で、シリーズB以降が9割です。
投資先のスタートアップはどこも素晴らしいのですが、なかでも思い入れがあるのはヘラルボニーさんとMantraさんですね。
国内外の、おもに知的障害がある作家さんのアートライセンスでの事業展開を行うヘラルボニーさんに投資したのは2023年夏頃。車を運転しているときにラジオを聴いていたのですが、その番組にヘラルボニーの創業者である松田崇弥さんがゲスト出演していて、改めて事業内容を知り、とても面白いなと思ったんです。その時点では投資対象になるかどうかわからなかったのですが、純粋にもっとお話を聞きたくてお声がけさせてもらいました。それから2年半を経て、投資に至りました。

漫画だけにターゲットを絞ったAI翻訳エンジンを開発しているMantraさんは、メジャーなコンテンツホルダーと組んで、海外の読者にタイムリーに人気タイトルの翻訳を提供することで作家や出版社の海外収益向上に貢献しています。日本は出版不況と言われているなか、漫画は唯一伸びているジャンルです。しかし、翻訳にかけるリソースが足りず、外国語に翻訳されている日本の漫画は約1割と言われています。
そのために、海賊版がすでに巨大な市場になっています。そうなると、出版社や作家がじゅうぶんな収益を得られなくなってしまいます。海賊版に先んじてサイマル翻訳を行い、日本の貴重なコンテンツをタイムリーに海外ファンに提供しながら、作品に関わった人たちが正当な報酬を得られるようにしようとしているのがMantraさんなのです。
宮田:関さんご自身は、VCを3年半ほどやってみてどうですか?
関:起業家へのリスペクトがぐっと増しました。私たち自身も新しいVCというスタートアップを経営する起業家でもあり、日々手探りで事業運営を行っています。投資先のみなさんもまた大きな夢に向かって、日々プレッシャーがあるなかで事業を拡大するために闘っている姿を見ています。本当に、起業家のみなさんはすごいです!
女性起業家が増えれば投資家としての“ビジネスメリット”は減るけれど「そのほうがいい」
宮田:投資先で女性起業家の方が経営されている会社は何割くらいありますか?実際に投資の相談に来られる方の男女比もお聞きしたいです。
関:投資先で女性とマイノリティ起業家の割合は4割くらいです。お会いする比率は7:3で男性:女性ですね。ESG重視型だからというよりも、女性キャピタリストだから多くの女性起業家の方々とお会いすることができたと思っています。
宮田:国内スタートアップの起業家の男女比からすると、かなり多くの女性起業家のみなさんがMPower Partnersという“お茶のパッケージ”を手にとってくださっていそうですね。
関:嬉しいですね。MPower Partnersでは、起業家のジェンダーギャップがどこにあらわれるのかを定量的に分析しています。具体的には、同じ業界・業種・売上、似たビジネス内容だったとき、調達金額やバリュエーションにどのような差が出るのかを見ているんです。

宮田:その結果、どうでしたか?
関:やはり、明らかに女性起業家のほうが調達金額が少ないですね。0がひとつ少ないくらいの感じです。女性起業家への投資金額はスタートアップ投資全体のわずか2%です。そして、バリュエーションの平均値はどのシリーズをとっても女性起業家のほうが間違いなく低い傾向にあります。
ですが、2020年から2023年までの3年間のスタートアップによるExit時のバリュエーションを調達金額で割ったリターンを男女別で比べてみたところ、女性起業家が創業したスタートアップの方が1.5倍高かったんです。創業からIPOまでの日数も調べてみたら、女性起業家の方が期間が短い傾向がありました。
調達金額が少ないことも影響していると思いますが、女性起業家のエントリーバリュエーションは低い一方、Exit時のバリュエーションは高く、またIPOまでの日数(投資回収期間)も短いため、IRR(内部収益率)が高いのです。言い換えるならば、「女性起業家は資本効率がいい」とも言えます。
宮田:1.5倍も高いんですね!

関:そうなんです。女性起業家のバリュエーションがとんでもなく低いケースは、ジェンダーバイアスに関連する市場のミスプライシングではないかと考えています。私たちMPower Partnersはそのゆがみを投資の機会にとらえて、きちんと拾い上げることができる立場にあると思っているんです。
宮田:ということは、女性起業家が増え、調達金額やバリュエーションが上がるとともに、MPower Partnersが投資するビジネスメリットのようなものが減ってしまいますよね。もちろん、女性起業家が増えていくのはとてもいいことではありますが……関さんはこのバランスをどう受け止めていますか?
関:私が翻訳したピーター・ティールの著書『ゼロ・トゥ・ワン』に「賛成する人がほとんどいない大切な真実を探す」という一節があります。人が目をつけないところにこそ、投資機会は眠っています。ジェンダーバイアスを原因とする「賛成する人がいない大切な真実」が存在するのであれば、そうしたギャップがなくなる方が健全ですし、それはそれでよいと思っています。その過程で、今わずか2%しかない女性起業家への投資が、3割、4割、5割と増えていくことを期待します。
宮田:関さんがVCを始めたころに比べて、スタートアップの男女比率やジェンダーギャップに変化を感じていますか?
関:私がVCを始めたばかりのころは、女性GP(ゼネラルパートナー)は片手で数えるほどしかいませんでした。でも、少しずつ増えてきている印象があります。この1年で、独立した女性キャピタリストも何名か知っています。

そして女性起業家に関しても、現在、プライム市場に上場している女性創業者の企業は3社ほどですね。これがグロース市場だと3倍、これから数年以内に上場を予定しているスタートアップだと10倍に増えます。その下のアーリーステージになると100倍以上です。その数は年々増えているように思います。
宮田:たしかに、投資家でも女性は増えていますよね。今後さらに女性起業家の方や投資家の方を増やしていくうえで、どんなアプローチが有効だと思いますか?
関:実は、今あるプロジェクトが進行中です。詳細はまだ話せませんが、2025年1〜3月ごろに発表予定です!
そしてもう1つ、私から宣伝してもいいでしょうか?
宮田:もちろんです!
関:9月に、娘がデビュー作となる小説『みずもかえでも』を出版しました。この小説で、娘は第15回小説野性時代新人賞を受賞しています。ぜひ、読んでみてください!
宮田:翻訳を行う関さんの背中を見て育った娘さんが小説家デビュー……いい話すぎます!本日はありがとうございました!

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