約150億円調達のLayerXが踏み切った「AI時代の報酬体系」が、予想以上に従業員ファーストだった話
株式会社LayerX 代表取締役CEO / 福島良典

2025年9月2日、AI SaaS事業「バクラク」「Ai Workforce」を展開するLayerXが約150億円の資金調達を発表しました。
調達額の大きさや、リード投資家としてNetflixやSpotify、ByteDance、Revolut、Toastなどに投資しているTCVが参加していることも気になるところですが──今回StockJournalで注目したのは、調達をきっかけにLayerXが踏み切った報酬体系の大胆な変更です。
大きく変更されたのは「報酬原資を最大10%確保」「ストックオプションプールを15%→20%へ引き上げ」の2つ。さらに取材時では、前回から今回の調達に至るまでに「退職時の持ち出しOK(最大50%)」も変更されていたことがわかりました。その意思決定の背景を、同社代表取締役CEOの福島良典さんにインタビューしました。
福島 良典(ふくしま・よしのり) LayerX 代表取締役CEO
東京大学大学院工学系研究科卒。大学時代の専攻はコンピュータサイエンス、機械学習。 2012年大学院在学中に株式会社Gunosyを創業、代表取締役に就任し、創業よりおよそ2年半で東証マザーズ(現東証グロース)に上場。後に東証一部に市場変更。 2018年にLayerXの代表取締役CEOに就任。 2012年度IPA未踏スーパークリエータ認定。2016年Forbes Asiaよりアジアを代表する「30歳未満」に選出。2017年言語処理学会で論文賞受賞(共著)。
宮田 昇始(みやた・しょうじ) Nstockホールディングス 代表取締役CEO
2013年に友人と起業。2年間で10回以上の失敗を経て、2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年には海外投資家などから156億円を調達し、ユニコーン企業に成長。2022年にSmartHRの代表を交代し、自身が感じたスタートアップエコシステムの課題を解決するための新会社「Nstock株式会社」を設立。2025年には「Nstockホールディングス株式会社」に社名変更、グループ経営体制へ移行。
シリーズBラウンドでの調達額が約150億円ということは…?
宮田 昇始(以下、宮田):約150億円の資金調達、おめでとうございます!15%くらいの希薄化率で調達したと仮定すると、時価総額1,000億円にタッチしていそうな気もしていますが……?
福島 良典(以下、福島):宮田さんのご想像にお任せします(苦笑)。

宮田:想像しておきます!
さて、LayerXさんの今回の調達では、リード投資家としてNetflixやSpotify、ByteDance、Revolut、Toastなどにも投資しているTCVという海外投資家が入っていますよね。最初から海外投資家からの調達を検討していたのですか?
福島:いえ、当初から海外投資家ありきで進めていたわけではありません。調達規模が150億円を超えるとなったときに日本と海外それぞれのVC・シナジーのある事業会社へフラットに話をしていました。ところが、日本国内のVCは一社あたりの投資額が少なく、同時進行で複数社と交渉するのは大変だったため、一社で多額を投資できると提案してくださったTCVに入ってもらうことになったのです。
驚いたのは、TCVの徹底したデューデリジェンスです。海外投資家はプロダクトの満足度や組織の内情を知るために、導入企業や社員にインタビューを多く実施する傾向があります。TCVの徹底ぶりは私たちの予想を上回るほどで、お客様を数十社以上、LayerXの現場マネージャーを含めて数十人以上にヒアリングを実施していました。それ以外でも、TCV独自でリファレンスも行っていて……この徹底ぶりは見習うところがあると思いましたね。そうやって地道にデューデリジェンスを重ねたうえで、LayerXを評価していただきました。

宮田:ここ数年、米国の利上げやグロース市場全面安の影響から、日本のスタートアップの資金調達環境が厳しくなっています。特に、IPOまでの期間が短いレイターステージでの資金調達は難しくなっていると言われていますが、今回の調達で何か感じたところはありましたか?
福島:たしかに、ここ2〜3年の調達環境は厳しかったですよね。ですが、レイターステージに関しては今のほうが良くなっていると感じました。その背景には日本特有の「地政学的な安定性」と「AIが必要となる土壌」があると考えています。
当然ながら、海外投資家には北米に限らずアジアでも投資先を増やす必要があります。そのなかでも、日本は地政学的に安定していて投資しやすい条件が揃っていました。
さらに、日本はソフトウェアの浸透率や労働生産性が他の国に比べて低いため、新サービスが参入しやすい。特にAIに関しては、若者が多い国では「若者の失業率が上がる」といったハレーションが起きやすいものですが、少子高齢化でなおかつ労働需要が高い日本ではその心配もありません。このような理由から、日本のスタートアップに投資したい海外投資家は増えていると感じています。実際に多くの海外投資家が日本まで足を運んでくれました。
宮田:それは日本のスタートアップにとってうれしい話ですね!
福島:とはいえ、この流れがいつまで続くかはわかりませんので……。LayerXが成功事例となり、むしろ勢いをつけられるように頑張りたいですね。

宮田:ちなみに、海外投資家からの調達は今回が初ですか?海外投資家からの資金調達は、交渉やドキュメント、リーガルやその後の株主対応でも英語化が必要になるので、人材面でも、対応できるスタートアップと、対応できないスタートアップがあると思います。
福島:2023年のシリーズAラウンド時に海外投資家であるKeyrock Capital Managementに入ってもらっていましたが、担当者は日本人でした。TCVの場合は全員が英語話者でしたが、LayerXの本プロジェクトメンバーには英語で株主対応ができる人材が揃っているので問題にはなりませんでしたね。もちろん、契約内容に関して日本語と英語でリーガルチェックが必要な部分は法律事務所に依頼していました。
宮田:いい人材が揃っているんですね。LayerXさんならではという感じがしました!
福島:ありがとうございます!うれしいことに、心強い仲間が揃っています。

LayerXが「マーケティング」「人材(+AI)」という枠組みで投資を考える理由
宮田:続いて、資金使途について教えてください。
一般的なSaaS企業の主な資金使途は、大きくわけて「マーケティング」「人材」の2つになると思っています。ですが、LayerXさんでは、事業や社内の業務効率化を図るためにAIを積極的に活用する「Bet AI」という行動指針を掲げています。Bet AIの方針下では、資金使途はどう変わるものなのでしょうか?「マーケティング」「人材」「AI」の3つになる感じですか?
福島:基本的には大きく変わりません。なぜなら、僕らはAIの予算を人件費として考えているからです。
従来の考え方では「優秀な人材を採用して生産性を上げる」ために人件費を使っていました。そこにAI活用の要素が加わると「人を雇うのか」「AIを活用するのか」と考えられがちです。でも、僕らにとってAIは人の役割を完全に置き換える存在ではなく「レバレッジをかけてくれる存在」です。「会社の生産性を高める投資」という意味では別枠にする意味はないので、LayerXの場合は「マーケティング」「人材(+AI)」という考え方で、今回の調達で得た資金を投資していくことになります。

また、AI活用によって生まれた利益は、企業だけが独占するのではなく、社員にもちゃんと還元されるべきだと思っています。そこで、今回の調達を機に、報酬面でもAI時代にあわせた内容に変更しました。
宮田:ところで、「Bet AI」を発表したとき、社内ではどんな反応があったんでしょうか?
福島:「(AIによって)世界がものすごく変わるぞ」という好奇心と「自分はこのままで大丈夫だろうか」という恐怖心が入り乱れている感じでした。その気持ちはとてもよくわかるのですが、僕としてはポジティブに捉えてほしかった。そのため、社員のみんなには「AIのような変化は必ず起きる」「だからこそ楽しんだほうが生き残れる」と伝えています。
そのいい例があります。ちょうど今日、この取材の前に個人目標をハイ達成した社員たちとのランチがあったんです。そのうちの一人が「LayerXへ入社する前まで、AIは怖いものだと思っていた」と話してくれました。「Bet AIを掲げたときは正直引いていた」とも言ってましたね(笑)。その社員いわく、入社半年でAIに対するイメージが変わり、今では仕事の悩みを相談する相手になっているそうなんです。AIは間違えるしミスもしますが、そういった特徴も含めて「助けてくれる身近な存在」というイメージが社内に浸透しつつあるように思っています。

宮田:「AIは間違えるしミスもする」とは本当にそのとおりだと思っています。だからこそ知っておきたいのですが、AIが得意なこと、苦手なことはどう見極めるとよいのでしょうか?
福島:AIを新入社員のように扱う感覚が大事です。
例えば雑に「M&Aをしたい」「時価総額を伸ばしたい」とその指示だけをAIに伝えてもいい解答にたどり着きません。一方で「こういった事業ポートフォリオがあり、こういう軸と優先順位という条件でM&Aがしたいと思っている」と前提条件を含めて伝えると、しっかりアシストしてくれます。きちんと前提・文脈を与えるという過程は、人間がしっかりやる必要があります。
実際に、Claudeを開発するAnthropicとAI安全性評価会社であるAndon Labsが、自動販売機の運営をAIに1ヶ月間任せてみるという実験を実施していました。結果は、高利益商品を原価割れで販売したため大赤字になったそうです。どうやら「たくさん売ればいい」という認識が先走り、特定のジュースを大安売りしちゃったみたいですね(笑)。
宮田:そんな実験があったとは。おもしろい事例ですね。
報酬原資を最大10%確保、SOプール引き上げ…LayerXが考えるAI時代の報酬体系
宮田:先ほど「調達を機に報酬面でもAI時代にあわせた内容に変更した」と話されていました。何を変更したのでしょうか?
福島:LayerXでは、パフォーマンスや生産性に対する報酬はキャッシュ(現金)、将来への期待はストックオプション(SO)という分け方をしています。そのうえで今回大きく変更したのがこちらです。
・ 最大10%をターゲットに報酬原資を確保
・ SOプールを15%→20%へ引上げ
まず「最大10%をターゲットに報酬原資を確保」についてです。先ほどお話ししたように、AIによる生産性向上で生まれた利益を社員にも還元するために、報酬を引き上げられるようにしました。調達時に採用を頑張るスタートアップも多いですが、LayerXにとっては会社全体の生産性底上げとそれによる還元を高めたほうがインパクトがあると考えたため、最大10%をターゲットに報酬原資を確保しました。もちろん採用も全力です。
続いて「SOプールを15%→20%へ引上げ」です。AI時代に必要な人材の採用やリテンションにSOを積極的に活用していくために、20%まで引き上げました。LayerXはこれからも非連続な成長が必要で、そうした成果を導ける方に仲間になってほしいと考えています。今回の調達で希薄化した分でもともとの15%の枠内が復活し、それに加えて新たに5%の枠を追加しました。

宮田:SOプールを途中で変更するには株主のみなさんの同意が必要です。交渉が大変になるパターンもあると聞きますが、LayerXさんではどうでしたか?
福島:もちろん、議論はありました。ですが、我々LayerXはこれからもどんどんプロダクトを作っていきたいですし、事業の数も増やしたい。「そのためにもSOプールを増やし、優秀人材の採用や社内での人材育成に広く活用できるようにしたい」と、株主のみなさんにお伝えしました。数値で出せるものではありませんが、LayerXのこれまでの実績や信頼を鑑みて「約束を守ってくれるだろう」とOKしてもらいました。
そして実は、前回から今回の調達に至るまでに「SOの退職時持ち出し」もNGからOKへと変更しています。
宮田:そうなんですか!以前、別メディアの取材で、福島さんはSOの退職時持ち出しOKに懸念を示していた記憶があるんです。考えを変えるきっかけは何だったのでしょうか?
福島:ありましたね(笑)。
当時は、「リスクをとって投資してくださった株主の方々にリターンを返せていないなかで、退職した社員がSOを持ち続けられる状態にするのはフェアではない」と考えていました。LayerXが創業当初から「退職時持ち出しNG」にしていたのはこのためです。
その背景には、Gunosyでの経験がありました。僕は2012年にGunosyを創業し、2015年に東京証券取引所マザース(その後、2017年12月に東証一部(現 プライム市場)へ市場変更)に上場しています。上場まで2〜3年と非常に早かったんですよね。

LayerXは創業から7年が経ちました。LayerXに限らず、多くのスタートアップでは上場までの期間がどんどん長くなっていることを体感しています。しかし、上場タイミングを「今ではない」と判断するのは我々経営陣です。なのに、LayerXの企業価値向上に貢献し続けてくれた初期の社員が何も持たずに退職するというのはフェアではないと考えるようになっていきました。
ただ、LayerXで頑張り続けてくれる社員の気持ちも大事にしたくて。そこで退職時の持ち出しを「最大50%」にしました。
宮田:退職時の持ち出しOKに変更した背景には、初期投資家のみなさんには確実にリターンを返せそうな規模まで会社が成長しているという点も影響があるのでしょうか?
福島:それはもちろんありますね。しかしながら、今の規模はまだまだ通過点です。
福島さん「LayerXをAI時代の新たなスタンダードを生み出す企業にしたい」
福島:このまま話を続けてしまうのですが、僕は社内でよく「LayerXを他社から真似される企業にしたい」という話をしているんです。
宮田:「他社から真似される企業」とは、どんなイメージですか?
福島:これには、ファーストペンギンになりたいという真意があります。僕はGoogleに対して憧れがあるんです。例えばGoogleは、OKR(Objectives and Key Results)による目標達成のフレームワークや、データやファクトでの意思決定、さらには「創業者は代表で居続けるべき」という考えすら覆してシリコンバレーを牽引しました。それが今や多くのスタートアップにとってのスタンダードになっています。

LayerXも、新しいスタンダードを生み出す企業でありたい。そのためにも、AI時代の新しい報酬体系や働き方、生産性の考え方を試行錯誤し、ときにはリスクをとりながらファーストペンギンらしく新たなスタンダードを作っていきたいと思っています。
宮田:偶然にも、Nstockのミッションは「スタートアップエコシステムをブーストし、日本からGoogle級の会社を生み出す」です。これは、僕らがGoogle級を目指すというよりも「日本からGoogle級の企業が生まれる土壌を作りたい」という意味です。福島さんのお話を伺って「LayerXさんのような企業をもっと応援できる存在になるぞ」と改めて気合いが入りました!本日はありがとうございました!
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