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カケハシがセカンダリー起点で実現したシリーズDラウンドの裏側。アーリー投資家からグロース投資家への“バトン”の受け渡し方

株式会社カケハシ 代表取締役CEO / 中川貴史

「実は、今回のシリーズDラウンドはセカンダリーがきっかけだったんです」

そう話すのは、薬局のDXを推進するカケハシの共同創業者で代表取締役CEOである中川貴史さんです。

カケハシがプライマリーとセカンダリー、そしてベンチャーデットを組み合わせた約150億円のシリーズDラウンドを実施したのは2025年6月のことでした。調達規模の大きさもさることながら、気になるのは「なぜセカンダリーを組み合わせたのか」です。中川さんに直撃したところ、セカンダリーを組み合わせる工夫から見えてきたのは、カケハシが貫く「フェアネス」の考えでした。

中川 貴史(なかがわ・たかし) カケハシ 代表取締役CEO
東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2016年にカケハシを代表取締役社長の中尾豊氏と共同創業。薬局・薬剤師とともに患者の行動を変容しうるプラットフォームを構築し、日本の医療課題における構造的な解決に取り組む。

宮田 昇始(みやた・しょうじ) Nstockホールディングス 代表取締役CEO 
2013年に友人と起業。2年間で10回以上の失敗を経て、2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年には海外投資家などから156億円を調達し、ユニコーン企業に成長。2022年にSmartHRの代表を交代し、自身が感じたスタートアップエコシステムの課題を解決するための新会社「Nstock株式会社」を設立。2025年には「Nstockホールディングス株式会社」に社名変更、グループ経営体制へ移行。

初期投資家のファンド期限によるセカンダリー売却がきっかけだった

宮田:カケハシさんは今年(2025年)6月にプライマリーとセカンダリー、ベンチャーデットを組み合わせた約150億円のシリーズDラウンドを実施されました。昨今の厳しい資金調達環境のなかで、ひときわ目を引く大型の調達ですね。

中川:ありがとうございます。実は今回の調達は、カケハシの初期投資家のファンド期限によるセカンダリーでの売却がきっかけでスタートしました。

宮田:なんと、資金調達ありきではなく、むしろ初期投資家のためのセカンダリーがきっかけだったんですね!

写真左から、Nstockホールディングス 代表取締役CEOの宮田昇始、カケハシ 代表取締役CEOの中川貴史さん

中川:そうなんです。カケハシの創業は2016年。そろそろ10年経つこともあり、初期投資家のファンドは満期が迫っていました。我々は上場を視野に入れていますが、昨今の市況の変化は激しく、適切なタイミングは予測しづらい状況です。そこで「カケハシの株を3年以上持ち続けられないならセカンダリーを考えてほしい」と既存投資家の方々に打診することにしました。既存投資家の方々は前向きな反応をしてくださり、そこそこの金額を集められることになったのです。

カケハシの資金状況は「今すぐ資金調達しなければ」というわけではありませんでした。しかし「せっかくセカンダリーで買い手を探すのだから、プライマリーなども混ぜたラウンドにしてはどうか」となり、シリーズDラウンドを実施することにしたのです。

当初は、セカンダリーとプライマリーを組み合わせた小規模なラウンドにしようと考えていました。ところが、数十億円規模では10億円以上の規模で投資ができる投資家が少ないため、複数投資家を集めてラウンドを構成する必要がありました。そうすると交渉相手が増えて調整が大変ですので……。「ならば、1回の投資金額が大きい海外投資家もターゲットにしたほうがいいのではないか」と考え、100億円以上のラウンドへと方向転換することを決めたのでした。そしてさまざまな組み合わせを話し合った末に、カケハシのシリーズDラウンドは、プライマリー、セカンダリー、ベンチャーデットを組み合わせた形となりました。

宮田:規模が100億円を超えるかどうかで、どんな変化があるんでしょうか?

中川:数十億円規模だと投資検討してくれなかった海外の巨大投資家たちの投資検討対象に入るため、投資家層がガラリと変わります。カケハシでも、今回のラウンドを100億円以上で構成し直した瞬間に海外投資家からの引き合いが増えました。

海外では「100 million dollar minimum」を求める投資家が多いのです。一方で、日本では100億円以上のラウンドを構成できるスタートアップはまだ少ない。そういった背景もあり、日本のスタートアップに投資したい海外投資家にとって、100億円以上のラウンドは希少な案件になっていますね。

実際にやってみて「日本でもセカンダリーが一般的になりつつあると感じた」

宮田:今回のセカンダリーでは、カケハシの創業者の方々も一部売却しています。中川さんは今回が初めてのセカンダリーだったんですか?

中川:はい、初めてのセカンダリーでした。セカンダリーという選択肢は知っていたものの、検討したことはありませんでした。ある既存投資家から「次のラウンドで売りなよ」とずっと言われていましたが、それでも選択肢にあがらない状態でしたね。

カケハシでは、共同創業者である僕と中尾(代表取締役社長の中尾豊さん)はずっと役員報酬を低く抑えていました。ライフステージが進むにつれて、僕も中尾も家族を持つようになり、プライベートで必要なお金が増えていきました。自分たちの給与を上げるくらいなら社員に還元したいし、貴重な経営資源であるキャッシュは事業成長に使いたい。また、宮田さんのSmartHRでの事例など、スタートアップ創業者が資金調達時にセカンダリーをすることが一般的になってきました。そういった変化もあり、持ち分のごく一部ですがセカンダリーで売却することにしたのです。

宮田:事業が急成長しても、創業者の懐事情が苦しいのはあるあるですよね。僕も初めてのセカンダリーでまとまったお金を手にする直前のタイミングでは、娘の保育園の引き落としが間に合わず、リボ払いで耐えしのいだこともありました。SmartHRの社員数がすでに120〜130名になっていたときの話です。経営者がプライベートのお金のことでマインドシェアをとられるのは健全ではないので、今となってはもっと早くなんとかしておけばよかったと強く思います。

中川:気持ちに余裕を持てるようにしておくことは大事ですよね。

でも、生株ではなく、ストックオプション(SO)を持っている社員はセカンダリーができなかったので……。できればSOも含めて社員に広く機会を提供したかったです。

税制改正で非上場時のSOの行使は可能になりました。ですが、セカンダリーは売り手・買い手ごとで契約書を作らなければなりません。例えば、10社の投資家に対して、500名の社員がSOを行使した株を売りたい場合、売買だけで10×500=5,000枚の契約書が必要になります。

今回のシリーズDラウンドにあわせて、SOを持つ社員も含めたセカンダリーを実施するとなると数千枚の契約書が必要になるため、実務面から考えても実現は難しいものでした。今回は諦めざるを得ませんでしたが、将来的には社員向けにセカンダリーをぜひ前向きに検討したいと思っています!

宮田:僕もセカンダリーをしたときは中川さんと同じく「自分だけではなく社員にも機会を提供したかった」と思いました。そんな気持ちから、今まさに社員のみなさんのSOも取引対象にできるよう、Nstockでセカンダリー事業に取り組んでいるところです!

「退職後の持ち出しOK」「グループ会社を含めた全社員に付与」でカケハシが実現したいこと


宮田:さて、SOの話になったので、改めてカケハシさんのSO制度について教えていただけますか?

中川:カケハシでは全社員を対象にSOを付与しています。半期ごとの評価に連動してSOを付与する仕組みにしていて、昨年には「退職後に一部持ち出しOK」に変更にしました。

宮田:「退職後に一部持ち出しOK」に変更したのはなぜですか?

中川:「退職時の持ち出しNG」は、SOを持つ社員に対してフェアではないと考えたからです。

長く働いていくなかで、次のキャリアを考える社員も出てきます。特に、スタートアップの創業初期に入社した社員のなかには、自分のスキルと事業フェーズが合わなくなってくることもよくあります。しかし、SOの想定キャピタルゲインを考えると、転職しにくくなってしまいます。カケハシとしてはこれからも一緒に働いてほしい気持ちはあるけれど、SOによって次の挑戦を妨げるのはフェアではないと考えました。これまでの頑張りにちゃんと報いたい。そこで、よりよい選択ができるようにするため、SOの退職時の持ち出しをOKにしたのです。

ただ、100%持ち出せるようにすると、残っている社員が「僕らは残って頑張っているのに」と感じてしまう可能性もある。そこで、まずは50%持ち出しというかたちでやってみようとなりました。

ちなみに、カケハシでは事業戦略として積極的にM&Aを行っています。「全社員を対象にSOを付与」とは、M&Aをした企業で働く社員も対象になります。

宮田:本社だけでなく、M&Aした企業の社員さんもSOの付与対象になるんですね!

中川:そうなんです。カケハシのミッションである「日本の医療体験を、しなやかに。」を目指す仲間として、本社とグループ会社で垣根を作りたくありませんでした。そのため、M&Aした企業の社員もすべて対象にしたのです。

SOプールやベスティング条件は全社共通ですが、付与についてはグループ会社ごとの評価や人事制度にあわせてチューニングしています。グループ会社によってはSOに馴染みがなく「それってなんですか?」となることもあるので、丁寧に説明を重ねているところです。

シリーズDラウンド、SO設計から見えるカケハシの「フェアネス」

宮田:シリーズDラウンドを振り返ってみていかがですか?

中川:セカンダリーに対する世の中の認識が変わってきていると感じました。数年ほど前は、創業者がセカンダリーで売却したいと言うと「やる気がないんじゃないか」と見られがちでしたよね。Nstockさんの情報発信や、セカンダリーを実施後も成長を続けているスタートアップの事例が国内でもいくつか出てきたことで、風当たりがよくなってきたと言いますか、「大きな事業成長のためには必要なことだよね」と思ってくれる投資家も増えたように感じます。

また、東京証券取引所の上場維持基準が変更されたことで、スタートアップの上場までの期間はさらに伸びていくと予想されています。創業者はセカンダリーを活用しながら大きく資金調達を行い、プライベートのお金の悩みも当然解決した状態で、長く戦い続けることが一般的になりつつあるのかもしれません。

宮田:セカンダリーの認知や、その受け取り方が変わったことで、交渉はスムーズだったということですね。

中川:そうですね。ただ、契約書作成などの事務手続きはとても大変でした!さらにカケハシの場合、セカンダリーでの売却価格を細かく設定する必要がありました。

歴史を遡ると、創業当初はJ-KISSや転換付社債で資金調達を数回実施し、その後はシリーズごとにA種、B種、C種と優先株での資金調達を進めてきました。J-KISSや転換付社債からの転換があったことで、同じA種優先株でも取得価格が異なり、A-1、A-2、A-3と細かい分岐がありまして……。今回のセカンダリーでは、A種優先株はすべて同じ価格にするという方法もありましたが「(A-2種を持っている投資家から見て)取得価格が異なるA-1種と同じ価格になるのはおかしい」と交渉を長引かせないために、A-1、A-2、A-3と売却価格を細かく算定しました。その結果、契約書作成がより煩雑になりました。

宮田:煩雑さがすごいです!どれくらいかかったんでしょうか?

中川:プレスリリースを出すまでに9ヶ月ほどかかりました(笑)。ですが、カケハシを応援してくれた方々をフェアなかたちでハッピーにしたかったのです。「誰に対してもフェアであること」は、シリーズDラウンドを進めるなかで最も意識していたことでした。

全既存投資家に「3年持ち続けられるかどうか判断してほしい」とハードな提案をしましたが、みなさんすぐに理解してくださったので交渉が難航することはありませんでした。おかげで、既存投資家と新規投資家の方々がみんなハッピーな状態でラウンドを終えることができました。

セカンダリーがあることで、海外投資家のような大規模投資を望む方々の需要に応えられ、セカンダリーなしで資金調達をするよりも良い条件になりました。なにより、10年近くカケハシを応援してくださっていた初期投資家にもしっかりとリターンを返すことができ、すべてのステークホルダーにとってフェアな手続きを実現できて、ホッとしています。

宮田:最後に、カケハシさんの今後について教えてください!

中川:ありがとうございます!

今回調達した資金の半分以上をM&Aに費やす可能性もあると思います。2025年8月現在では、カケハシはM&Aを経て2社にグループジョインしてもらっています。そのうちの1社であるノアメディカル(2025年2月にグループジョイン)のように、圧倒的なノウハウや歴史を積み上げた企業が日本にはたくさんいらっしゃいます。そういった方々と手を組むことで、日本の医療現場に潜む課題を本質的に解決できるようになると思っているんです。

事業拡大はもちろんですが、投資家の方々や社員、お客様などカケハシを応援してくれた人を全員幸せにするためにも、フェアネスという姿勢は貫いていきたいですね。

宮田:セカンダリーを進めるうえでも大事な考えを伺えました。ありがとうございました!

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