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日本のスタートアップに根強く残る"IPO神話"の正体──「M&Aしたら負け」認識から脱却するためのヒント

Eight Roads Ventures Japan パートナー / 村田 純一

シニフィアン 共同代表 / 村上 誠典

「M&Aしたら負け」

これは、日本のスタートアップ界に根強く残っている考え方ではないでしょうか。IPOがスタートアップのEXITとして最有力の選択肢と言われる一方で、M&Aは“やむを得ない選択肢”のようなイメージがあります。これは米国のEXITの状況とは大きく異なる日本特有のものとも言えます。なぜこのような認識が定着したのでしょうか?

そこで今回は、Eight Roads Ventures Japanのパートナーである村田純一さんと、シニフィアンの共同代表である村上誠典さん、同じくシニフィアンの共同代表でNstockのアドバイザーでもある小林賢治による鼎談を実施。さまざまなステージのスタートアップに触れてきた3名の話から見えてきたのは、これらの問題でした。

  • IPO=ステータスと捉えられている問題
  • 創業者と会社が一体化しすぎている問題
  • 適正なバリュエーションよりも高騰する傾向がある問題

東証グロース市場の上場維持基準の変更にともなって、IPO自体のハードルも上がることが予想されます。IPOのハードルがこれまでと変わるなか、EXIT戦略の1つとしてM&Aを前向きに検討するために拭うべきバイアスとは?

村田 純一(むらた・じゅんいち) Eight Roads Ventures Japan パートナー
ウォルト・ディズニー・ジャパン、三井住友信託銀行を経て、2013年にEight Roads Venturesへ入社。世界有数の機関投資家のVC部門メンバーとして、シリーズBおよびC以降の大型ラウンドを中心に、リードインベスターとして19社の投資を担当。上場実績等多数。SaaSおよびメディア分野を中心に、複数の会社の社外取締役ならびにボードオブザーバーを勤める。

村上 誠典(むらかみ・たかふみ) シニフィアン 共同代表
兵庫県出身。東京大学・宇宙科学研究所(現JAXA)にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。ゴールドマン・サックスに入社後、同社東京・ロンドンの投資銀行部門にて長年テクノロジー業界を中心にM&A、資金調達、IPO、投資に関わる。シニフィアン創業後は新産業創出を目指し日本のスタートアップエコシステムにコミット。ファイナンス、ガバナンスを中心とした企業経営を専門に、ポストIPOスタートアップを含む多数の有望企業へのリード投資、取締役やアドバイザー、株主としてエンゲージメントに従事。

小林 賢治(こばやし・けんじ)シニフィアン 共同代表 /Nstock エグゼクティブ・アドバイザー
兵庫県出身。2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。2017年7月にシニフィアン株式会社を設立、共同代表を務める。2019年6月、上場前段階に差し掛かるレイターステージのスタートアップを主たる支援対象とする総額200億円のグロースファンド「THE FUND」を設立。2022年10月よりエグゼクティブ・アドバイザーとしてNstock株式会社に参画。

「M&Aしたら負け」「IPO=ステータス」の認識はなぜ生まれたのか?

小林賢治(以下、小林):東証グロース市場の上場維持基準変更が発表され波紋を呼んでいます。発表されたのはあくまで「維持」基準の変更ですが、「EXIT戦略としてM&Aを選択肢に入れたほうがいい」という考えが強まっているように感じています。

ですが、日本では「M&Aしたら負け」の考えがいまだ根強くあり、その選択肢に対して否定的な起業家も少なくありません。そもそも「M&Aしたら負け」の認識はなぜ生まれたと思いますか?

シニフィアンの共同代表でNstockのエグゼクティブ・アドバイザーでもある小林賢治

村上誠典(以下、村上):冒頭から強めの意見で恐縮ですが、企業を経営する本来の目的がはっきりしているなら、IPOやM&Aといった形式に右往左往する必要はないと私は考えています。例えるならば、人間は「結婚」という形式があるから結婚するのではなく、これからどう生きていくかを考えたうえで決めるものですよね。ルール変更に過剰に振り回されているということは、IPOをステータスとして捉えているところがあり、「企業を経営する目的が弱い」とも言えます。

私は、企業経営の本来あるべき目的は「価値創造」だと思っています。事業や企業を通じて価値を創造し、社会にインパクトを与える存在になる。まず存在意義を整理しなければ「IPOなのか、M&Aなのか」というシンプルな問いに向き合えません。

これは村田さんにも聞いてみたいのですが、IPOは必ずしもすべきものだと思いますか?

というのも、IPOをしない場合、投資家の出口およびリターンの確保が難しくなるという事実は過去にもありました。しかし、起業家が事業を通じて価値を実現していく過程では、IPOしなければならないわけではないと私は考えているのです。

シニフィアン共同代表の村上誠典さん

村田純一(以下、村田):村上さんの言いたいこと、とてもよくわかります。日本特有の空気感と言いますか、IPOという行為が本来の機能的な意味を超えて、ステータス化しすぎていることがよくない影響を生んでいる気がします。

身近な例だと、住宅ローンを借りるときに、職業の記入部分の一番下に「上場企業役員」とあると思います。海外だと上場企業の取締役が株主に対して負っている責任は非常に重く、極端に言いますと誰もなりたがらない役割です。ただ、日本においては「上場企業役員=ビジネスマンとしての最高位のステータス」として扱われていることは特異な事情だと思いますね。

日本と米国それぞれで異なる「IPOを目指す意味」

村田:ちょっと違う角度から回答することになりますが、私は今の日本の資本市場がスタートアップにとって本来の機能を果たしにくい構造的問題が起きているように感じています。そのなかでIPOの位置付けが難しくなっている。

グローバル基準のIPOは、あくまでも「資金調達をするための手段」なんですよね。そのため、米国でIPOをすると「いくら調達したの?」と聞かれることが多い。しかし日本でのIPOは「株式の売却機会を増やす意味での流動性提供」「会社としてのステータス獲得」が目的になっているところがあります。

Eight Roads Ventures Japan パートナーの村田純一さん

また、東証グロース市場は日経225と比べて明らかに低位に乖離した動きをしていて、資本市場の投資家にとって「投資対象のマーケット」として成り立っていません。ようするにグロース市場としての存在意義が曖昧になっているわけです。

では米国ではどうなのか?その最たる例がニューヨーク証券取引所とナスダックです。それぞれ別のペルソナがある市場ですが、特にナスダックは「このなかから爆発的な成長をする企業が出てくる」という期待値をキープできている。そのため、投資家たちは宝探しのような気持ちで市場を見ています。

おそらく、日本もそれを目指していたために、東証マザース市場時代に維持コストを下げるなどのトライをしてみたものの……スモールIPOが増えるような問題が起こってしまっていますよね。M&Aへの認識だけでなく、市場についてももう一度作り直すためにどうすればよいのか。そのうえで、IPO以外のEXITをM&Aも含めてどう示すのか。逆にいうとどういった企業をIPOの対象とするのか、その線引き・議論も必要だと思います。

小林:市場もそうですが、日本企業の経験値の少なさも影響しているかもしれませんね。

これまでの四半世紀で創業した日本の上場企業において大きな規模に成長した企業では、ZOZOやエムスリーなど、VCの投資を受けてない会社が多い。その一方で、「VC backed(VCの支援を受けた会社)では安定的に時価総額一兆円を超える会社がまだ出ていない」ということは意識しておく必要があります。

米国では、1970年〜1980年代にインテルやQualcomといった半導体産業が勝つために超キャピタルインテンシブな戦い方をVCが支援し、大きなビジネスにすることに成功していました。しかし日本では、VC backedにおいては大規模な資金調達を必要としないビジネスモデルが多く、結果としてIPOは資金の流動性を高めるイベントという側面が大きかったのです。その結果、IPOが「さらなる資金調達に向けたステップ」というよりも、「流動性提供のためのEXITイベント」の考えを植え付けたと言える気がします。

日本は、創業者と会社が一体化し「会社を売却したら自分に何が残るのか」と考えてしまいがち

村上:それともう1つ、日本でM&Aが進まない要因として「創業者と会社が一体化しすぎている問題」があると思っています。

日本では、企業=家族と考える傾向が強い。米国ではケイパビリティやスキルに対して客観的に捉えることができているため「自分のスキルを最大限発揮できるかどうか」を考えた末に、「自分より優秀な人がいたら役割を交代する」という判断もできる。ですが、日本は創業者と会社が一体化しすぎているゆえに「この会社を売却したら、自分に何が残るのか」という喪失感に苛まれてしまいがちです。

村田:同感です。海外のスタートアップだとレイターステージまで到達した場合、経営陣の持分が1桁%の事例もざらにあります。ところが、日本では数十%のケースが多い。これは単にオーナーシップの観点から、スタートアップというよりもオーナー企業感が強くなってしまいがちなのです。投資家として「この事業、またはこの企業と一緒に活動すれば、より事業価値が高まるのでは?」という観点で資本業務提携的なアングルでのM&Aを提案しても、経営側から感情論として否定的な見解が持たれることは一般的に多いのではないでしょうか。

小林:それはありますね。日本では自社の売却やCxO交代に対して、人間性や生き方への否定と受け止めてしまうケースが少なからずあります。ですが、実際にはCxOとはあくまでも役割であり、企業フェーズにあわせて適切な人材が担えばいい。M&Aも含めて、適切な人材がCxOを担うことで企業価値が上がれば、株式の価値も上がりますしね。そうやってメタ認知して考えられるようになると、障壁になっていたエモーショナルな部分はうまく解消していくはずなんですよね。

村上:SmartHRの創業者である宮田昇始さんがいい例です。おそらく宮田さんは自分自身を客観視できたからこそ「今の自分は最適ではない」と判断できた。日本ではまだまだレアケースですが、このような判断を経営者ができるようになるといいですね。

小林:誤解がないようにお伝えしておきたいのですが、この鼎談は全体を通じて起業家や経営者だけに「変わってほしい」と伝えるものにするつもりはないのです。我々投資家への自戒も込めています。

短期間でのIPOを目指すにあたって、フェーズごとに経営陣をサクセッションさせていくよりも、創業者の持つドライブ力に期待して一気に駆け抜けることは、投資家自身も大いに期待してきました。

当然ながら、特に創業期においては創業者のドライブ力がスタートアップの重要な競争力の源泉となることは間違いありませんが、まさにGoogleが創業して数年目に外部から招聘したエリック・シュミットにCEOを任せてIPOを果たしその後の成長を牽引したように(IPOから8年後にエリック・シュミットは勇退し創業者のラリー・ペイジが再びCEOに就任)、「創業者=会社」ではない形での成長の描き方を模索する必要があると感じます。

村田:そのとおりですね。どのように話し合っていくか、認識を変えていくか。我々も考えなければならないところです。

高すぎるバリュエーションと優先株設計がM&Aを阻む

村上:あともう1つだけ、話しておきたかったことがあります。それが「バリュエーションは高ければいいわけじゃない」です。

IPOを意識する経営者は、時価総額ひいては非上場時の資金調達時のバリュエーションをいかに引き上げるかに注力し過ぎているように思います。ですが、私はバリュエーションが高ければ高いほうがいいとは思わないのです。

もちろん、バリュエーションが高いほうが有利になる場面もあります。しかし、適正なバリュエーションより高くなりすぎてしまうと、各ステークホルダーに「1,000億円の会社」というスタンプが押されてしまい、本来の実力値(適正価格)でのM&Aが起きにくくなります。そして、得する人・しない人を生み出してしまいます。

小林:高すぎるバリエーションによってM&A自体が成立しにくいのはそのとおりです。ただ、バリュエーションが適正だったとしても、優先株の設計が悪ければ従業員は報われないケースもあります。設計内容によっては、このようなことも起こりうるわけです。

例:直近の企業評価額が100億円で、過去に優先株で40億円調達した会社がM&Aで100億円で売却されるケース

【優先株の分配】

  • 優先株主の投資額:40億円→優先分配により優先株主に40億円分配
  • 残り60億円
  • 日本で一般的である参加型の場合、この60億円も優先株株主を含めた全株主で持分に応じて分配(結果的に普通株への分配比率が下がる)
  • 仮に、M&A時点での経営陣・従業員の持分が50%だった場合、
     100億円のIPOが実現できていたなら50億円分
     上記のM&Aなら30億円分

    となり、普通株主(≒経営陣・従業員)のリターンは抑制される

IPOだとすべての優先株が普通株に転換し、純粋に持分に応じてリターンが生じることに比べ、これだと一般従業員のストックオプションのリターンが抑制されてしまうし、創業者にとっても選択するベネフィットが弱く“M&Aなんてしたくない”ってなってしまいがちです。

先日、ICC(Industry Co-Creationサミット)のセッションで海外の事情にもくわしいキャピタリストの方々が話していたことなのですが、日本では参加型優先株(参加型=優先的に回収した後も、さらに残りの分配に「参加」できる)が圧倒的に主流なものの、その一方で取締役会のガバナンスは米国に比べて緩めなのだそうです。

逆に、米国では非参加型優先株が主流でその点は経営陣や一般従業員に対して有利ではあるものの、その引き換えに株主からの強いガバナンスを受けることになります。例えば、M&Aについての意思決定も取締役会が強く主導することが少なくない。

では、日本も非参加型優先株式にすればいいかと言うと、そんなに簡単な話ではありません。これらの問題を解決し、M&Aを選択できる状態にしておくには、非参加型優先株とあわせて、ガバナンスを含む全体のバランス設計を見直す必要があります。

村上:優先株でレバレッジをかけるメリット・デメリットを理解しておくべきですよね。その割を食うのが後のフェーズで入社した人や、IPOを前提に集められた従業員たちです。これはなんとかせなあかん、ですよね。

スタートアップエコシステムの観点でもM&Aは重要になる

村田:この鼎談を通じて強調しておきたいのは、「M&A=敗北」は大きな誤解だということです。M&Aと聞いてあたかも落城したような雰囲気になるのはこの国だけのような気がします。

IPOがあまねく数多くの投資家に対して評価を委ねる機会だとすれば、M&Aは自社の事業をしっかりと評価してくれる一社を探索する機会と言えます。大多数のケースにおいてIPOもM&Aもできず、清算もしくはリビングデッド化するスタートアップという生き物の性質を考えたときに、IPOではなくともM&Aの対象として特定の企業から評価の対象となる事業を作り上げたこと自体が稀有な業績であり、海外では敬意の対象になります。「M&A=敗北」とは、認識として正しくなく、日本特有の空気感なのです。

IPOと種類は違えど、M&Aも事業の可能性を広げるための戦略の1つです。投資家という立場から見ても、M&Aは企業同士が持つ才能の活かし方や時間の有効活用につながる手段だと思っています。私の周辺には起業家でM&Aした人は当然ながら何人もいるわけですが、いろいろな葛藤はあれど、結果的にその選択肢を前向きに捉えられている方が多く見られます。

もちろん、ただ買収プロセスを引くだけで必ず幸せになれるとは限りません。でも、株主と連携しながら良い事業パートナーを、M&Aという選択肢を含めながら探すというプロトコルで動くことは成功確率を高めるはずです。インセンティブ設計を含め、我々VCとしてもM&Aがちゃんと成功に終わる確率を上げる仕組みを考えなければならないと思っています。

村上:日本のスタートアップエコシステムの観点でも、M&Aは重要になると思います。強いエコシステムは、時間軸の回転数が早いんです。同じクオリティでも、同じ時間内で「5周できるのか、1周できるか」では大きく差があります。この回転数を増やす意味でも、M&Aはいい選択肢になると思うんです。

そのためにも、スタートアップはDay1から考えを変えたほうがいい。シードステージの起業家でも、投資家に対して出口戦略を見せなければいけないと思ってのことかもしれませんが、プレゼンで「僕は何年後ぐらいのIPOをしようと思っています」という人は多いです。考えを決して否定しているわけではないですが、そのタイミングからIPO一筋では思考を大きく転換するのは難しい。圧倒的な競争優位性を築き、すぐには崩れない価値が生み出せるまでは「価値創造」に経営も株主も圧倒的にフォーカスすべきだと思います。

「価値創造」を達成するための手段として経営者が問われるのは、「IPOなどの資金調達」もしくは「M&Aなどの事業連携・アセット集約」のどちらを選ぶのかということ。時価総額ドリブンから売上・事業価値ドリブンへの考えを転換するためにも、なるべく早い段階からM&Aを含む複数のEXIT戦略を考えられるようにしていきたいですね。

小林:そうですね、業界を上げてIPO以外の選択肢としてM&Aを底上げしていきたいところです。今日はいい鼎談ができたと思っています。村田さん、村上さん、ありがとうございました!

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