“2回目の起業”にM&A経験はどう活かされた?令和トラベル代表・篠塚孝哉さんに聞いてみた!
株式会社令和トラベル 代表取締役 / 篠塚 孝哉

「当時はM&Aって怖いイメージがあったんですよね。でも……」。そう話すのは、一流旅館やホテルに特化した宿泊予約サイト「Relux」を運営するLoco Partnersの創業者・篠塚孝哉さんです。
Loco PartnersがKDDIグループ入りを発表したのは2017年のこと。2020年に同社代表を退任し、2021年には令和トラベルを創業した篠塚さんですが、M&A経験はどのように活きているのでしょうか?また「M&Aは怖いイメージがあった」と話す篠塚さんの考えが変わったきっかけとは?当時を振り返ってもらいました。
篠塚 孝哉(しのづか・たかや) 令和トラベル 代表取締役
2011年に株式会社Loco Partnersを創業し、2013年には宿泊予約サービス「Relux」を開始。2017年にはKDDIグループ入りを果たす。2020年にLoco Partners代表を退任してしばしの休養期間を設けるが、2021年に株式会社令和トラベルを創業し、「あたらしい旅行を、デザインする。」をミッションに旅行代理業を展開。2022年には旅行アプリNEWT(ニュート)』をリリースした。
宮田 昇始(みやた・しょうじ) Nstockホールディングス 代表取締役CEO
2013年に友人と起業。2年間で10回以上の失敗を経て、2015年に人事労務クラウド「SmartHR」を公開。2021年には海外投資家などから156億円を調達し、ユニコーン企業に成長。2022年にSmartHRの代表を交代し、自身が感じたスタートアップエコシステムの課題を解決するための新会社「Nstock株式会社」を設立。2025年には「Nstockホールディングス株式会社」に社名変更、グループ経営体制へ移行。
「上場準備を始めたばかりだった」のに、KDDIへのグループ入りを決めた理由
宮田昇始(以下、宮田):そもそも、篠塚さんはLoco PartnersのEXIT戦略としてM&Aを視野に入れていたのでしょうか?
篠塚孝哉(以下、篠塚):いえ、まったく考えていませんでした!むしろ、Loco Partnersは独立独歩でやっていこうと考えていたので、上場準備のために監査法人を探し始めていたくらいです。

宮田:まさに上場準備の入口に立ったくらいのタイミングだったんですね!考えが変わったきっかけは何だったのでしょうか?
篠塚:きっかけは、当時KDDIの副社長だった高橋さん(現KDDI会長の高橋誠さん)でした。
Loco Partnersは「つながりをふやす。(現在は「日本に驚きなおそう。」)」というミッションを実現するためにReluxを立ち上げました。しかし、このころのOTA(Online Travel Agent、インターネット上だけで取引をする旅行会社)はリクルートさんの「じゃらん」や、楽天さんの「楽天トラベル」など、資本力があるところばかりだったのです。2015年には一休さんがヤフーさん(現在のLINEヤフー)に買収され、いよいよ国内の独立系OTAが我々くらいになっていました。
そんなときに、高橋さんと勝木さん(現KDDI執行役員常務当社CSOの勝木朋彦さん )が「上場もいいと思うけれど、例えばKDDIのような上場企業のリソースを活用しながらサービスをグロースさせるのもビジョンに近づく良い手段ではないか?」と提案してくださったんです。

国内の競合OTAはすべて上場資本傘下であり資本力の差は明白だったので、Loco Partnersが独立系として勝ち残るには難易度が非常に高い状況でした。ならば、高橋さんや勝木さんが言うように、「資本力がある企業と手を組んでサービスを一気にグロースさせたほうがいいのかもしれない」と考えるようになりました。ちょうどそのころのKDDIでは「非通信領域を強化する」という目標を掲げていて、特に旅行事業に注力すると発表していました。この追い風も、KDDIグループ入りの決め手になりましたね。
宮田:M&Aを実現するまでに、どれくらいかかりましたか?
篠塚:半年ほどかかりました。実は、Loco PartnersがM&Aする直前のラウンドで、リード投資家としてKDDIが参加していました。Loco Partnersの内情をすでに把握してもらっていたので、デューデリジェンスもスピーディーに終わらせられました。
M&Aすることを社内にどう伝えよう…悩んだ末の答えが「拍手」
宮田:直前まで上場準備をしていたということは、Loco Partnersの方々はM&Aの決断に驚いたのでは?

篠塚:具体的に動き出す前に経営陣には話していましたが、みんなギョッとしていましたね。今でこそイメージが変わりつつありますが、当時は「M&A」の言葉に強い従属感がありました。いわゆるハゲタカファンドのイメージもあり、「(起業家として)挑戦を諦めたの?」「事業が伸びないから買われたんだね」という見方もされていました。かくいう僕も、そのバイアスが強い方でした。「M&Aしたら、会社が乗っ取られてしまうんじゃないか」と(笑)。
本来、M&Aとはお互いの目的を達成するために協力関係を築くことを意味します。ところが、日本ではM&Aを「買う」「買われる」の構図で捉えていて、今よりも遥かに強い偏見も生まれていました。僕の場合は、高橋さんや勝木さんのチームと話し合いを重ねていくうちに「これはLoco Partnersがミッションを実現するための近道になる」という確信が強まり、M&Aに対する偏見も薄れていきました。
しかし、M&Aに対する不安なイメージは根深いものです。だからこそ、M&A発表時の社内へのコミュニケーションはかなり気をつけていました。このときの社内向けプレゼンは、僕の人生において「緊張したプレゼン」の1つと言っていいほどハラハラしましたね。
宮田:そのプレゼンは、どうやって乗り越えたんですか?
篠塚:「拍手」で乗り越えました。
宮田:拍手!?

篠塚:どう発表すればいいのかと悩んだ末に、千葉さん(千葉道場ファンドのGP、千葉功太郎さん)に相談していました。そこでアドバイスいただいたのが「社内にM&Aを発表するときは、拍手してから話し始めたほうがいいよ」だったんです。千葉さんいわく、生真面目に静かに話し始めるとよけいに不安を募らせてしまうので、拍手で明るい雰囲気にしてから話し始めたほうがいいということでした。
M&Aのプレスリリースが出るのは夕方ごろ。当日14時には約100名ほどだったLoco Partnersの全社員を集めて……。千葉さんのアドバイスどおりに、「Loco PartnersはKDDIグループにジョインします!とりあえず拍手!」と発表しました。初めはみんなポカーンとなっていたのですが、次第に拍手の数が増え、お祝いムードに変わりました。拍手は、とても効果的でしたね!雰囲気が落ち着いてきたころに「なぜM&Aなのか」「経営体制はどうなるのか」「給与はどうなるのか」「雇用は大丈夫なのか」など、社員のみんなが気になるであろうことを冷静に伝えました。
宮田:拍手の効果は偉大ですね!
篠塚:拍手のおかげで「ネガティブな空気ではない」と身体から伝えることができたので、効果てきめんでした。補足ですが、Loco Partnersのストックオプションを持つ社員に対しては後日、個別説明会や面談を行いました。その後、彼らのストックオプションはM&A時の買取価格ですべて買い取りを実施しました。
M&Aした結果は?2回目の起業にその経験はどう活かされた?
宮田:M&Aをして、どうでしたか?

篠塚:結論として、M&Aしてよかったと思っています!Reluxの流通額は40〜50億円ほどでしたが、M&Aして3年経った2019年にはおよそ200億円になっていました。
個人的には、M&Aが成功した要因は「お互いの考えや方向性をしっかりすり合わせられていたから」だと思っています。おかげで、予算や事業計画周りでも齟齬が生まれることなく、わりと自由にいろいろと挑戦することができました。
一方で、高橋さんとはもっとコミュニケーションをとればよかったと思っています。偶然ではありますが、2018年に高橋さんがKDDIの社長に就任し、「非通信領域を強化する」というモメンタムがグループ全体で強まっていました。人材や予算に関しても「もっとリソースをください」「3年で100億円を使わせてください」などもっと前のめりに提案していたら違う結末があったかもしれません。
とはいえ、先ほどお話ししたとおり、KDDIグループ入りして多大な支援をいただけたことでReluxは大きくグロースできました。いい成長カーブを描けたことで「ひと区切りついたな」と感じ、僕はちょうどロックアップが明ける2020年3月末にLoco Partnersの代表を退任しました。そして翌年に創業したのが、令和トラベルです。このあたりの経緯は、以前のStock Journalでお話ししたとおりですね。
宮田:令和トラベルの創業では、M&A経験は活きましたか?
篠塚:「コーポレートガバナンスの考え方」「事業計画づくり」で、M&A経験が活きました。
まず「コーポレートガバナンスの考え方」についてです。Loco Partnersは僕にとって初めての起業だったので、労務・経理・財務があまりわからず、手探りでやっていたところがありました。KDDIという上場企業で3年間ほど経営に参加し、コーポレートガバナンスの重要性を深く理解できました。労務・経理・財務はあとから整えるほうが大変なので、令和トラベルでは早い段階から体制をしっかり構築していました。

そして、KDDIから最も大きな影響を受け、その知見が活かされているのが「事業計画づくり」です。
事業計画とは仮説の掛け算でできています。その仮説一つひとつの解像度をどれくらい上げるかが、KDDIでは重要視されていました。それが本当に精密で……。僕はKDDIグループにいたころ、「MP(マスタープラン)は達成できましたか?」「オントラックですか?」「達成できていない分はどうやって取り戻すんですか?」と常に問われていたので、いい意味でその思考が染みつきました。この経験から、令和トラベルでは事業計画における仮説を精緻にして戦略的にアプローチできるようにしました。
宮田:令和トラベルは、コロナ禍(2021年)に創業しています。このときは自粛モードで旅行事業にとっても厳しい時期でした。令和トラベルも資金調達面では、投資されにくい状況下だったと思うのですが、篠塚さんのM&AでのEXIT経験は大きな武器になったのでしょうか?

篠塚:それは大いにあります。M&Aのおかげで、起業家としての信頼残高(=起業家としての信頼の蓄積)は心強いものでした。
ただ、僕はM&AでのEXITで培った信頼残高を早くゼロにしたかった。あえて背水の陣にすることで、令和トラベルでの挑戦が本気であると示したかったのです。令和トラベルが創業当初に実施した約22.5億円の資金調達では、起業家としての信頼貯金をすべて使うつもりで挑みました。
「上場か、M&Aか」よりも、起業家が最優先で考えるべきことは?
宮田:上場維持基準の変更もあり、EXIT戦略としてM&Aを検討するスタートアップが増えると考えられます。今後、起業家はM&Aをどのように捉えたほうがいいと思いますか?
篠塚:まずお伝えしたいのは、上場もM&Aも手段でありゴールではないということです。起業家はビジョンとミッションの達成に必要な手段として、「上場か、M&Aか」を考えるべきだと思います。M&Aに対するバイアスは根強く残っていますが、ビジョンとミッションをもとに考え抜けば、優れた手段になるはずなのです。

宮田:ちなみに、若い起業家の方から最近よく質問されることに「以前に比べて起業ネタが減っていると思いませんか?」があります。ビジネスとして入り込めそうな隙間が埋まってきているイメージなんだと思います。もし、篠塚さんが今起業するならこのような状況をどう捉えますか?
篠塚:「隙間が埋まってきている」というのは、少し違うと感じました。なぜなら、宮田さんや僕が起業したころから経済活動は隙間なく出来上がっているように見えましたし、日本の場合はGDPが停滞しているので隙間は常にありません。多くはハインドサイト(後知恵バイアス)であり、あとから振り返ると隙間だったと気がつくだけなのです。起業したときに明らかなビジネスの隙間が存在するわけではまったくありません。そんな状況においても、新しいテクノロジーをかけ合わせながらアイデアをいかに生み出すかが起業の肝です。やれることはまだまだ多いはず。
また、近年ではAI技術の急激な進化もあり、「少人数でレバレッジをかけ、効率的にスケールする」という事業モデルがグローバルトレンドになっています。そう考えると、従来の「大型調達をして人を増やす」というやり方は、トレンドから見ても真逆なのかもしれないですね。僕が今、新たに起業するならあえて少人数でレバレッジをかけるやり方を選ぶかもしれません。いや、でも、令和トラベルはやりたいことがたくさんあるので、大型調達はしたいですし、いろんな方々と一緒に働きたいですね!
宮田:なるほどです(笑)。篠塚さんのおかげで、M&Aへの理解がさらに深まりました。本日はありがとうございました!

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