現役スタートアップ経営者の10億円寄付は何がスゴいの? 投資家、経営者の立場から「寄付」の現状と可能性を考えてみた
リブセンス共同創業者 一般社団法人新しい贈与論代表理事 / 桂 大介
ANRI代表パートナー General Partner / 佐俣 アンリ

2025年1月21日、Nstock代表である宮田昇始が個人として神山まるごと高等専門学校(以下、神山高専)に10億円の寄付を決定し、「宮田昇始スタートアップ基金」を設立するという発表がありました。
それを受け、X上で称賛のリアクションを見せていたのが“ソーシャル寄付オタク”を自称するベンチャーキャピタル(VC)のANRI代表の佐俣アンリさんと、リブセンスの共同創業者で一般社団法人新しい贈与論の代表理事でもある桂大介さんです。
宮田の個人寄付について、佐俣さんは次のポイントを挙げていました。
「金額が大きく、公開している」
「寄付者が若く、挑戦中である」
「一過性でなく、継続支援の仕組みである」
今回のインタビューで佐俣さんと桂さんに、それぞれのポイントについてインタビュー。そこから見えてきたのは「日本における寄付の現状」「投資家や経営者の立場で寄付を行うメリット」でした。
佐俣 アンリ(さまた・あんり) ANRI代表パートナー / General Partner
1984年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、East Venturesを経て2012年ANRIを設立。独立系ベンチャーキャピタルとしてインターネット及びディープテック領域約300社に投資実行。シードファンドとして約780億円のファンドを運用中。おもな投資支援先としてLayerX、NOT A HOTEL、STORES、Mirrativ、Rentio、ARCHがある。著書に『僕は君の「熱」に投資しよう』(ダイヤモンド社)。
桂 大介(かつら・だいすけ) リブセンス共同創業者、取締役兼執行役員
1985年生まれ。早稲田大学在学中の2006年に、株式会社リブセンスを共同創業し取締役に就任。2012年には東証一部へ上場。2019年に一般社団法人新しい贈与論を設立し、会員制の寄付コミュニティを運営する。集団での寄付活動を通じて、新しい寄付や贈与の在り方を考えている。
寄付を始めたきっかけと“エリートゲーム化”するスタートアップにこそ必要だと思う理由
──佐俣さんと桂さんは投資家・経営者という立場でありつつ、ソーシャルセクター*への寄付やコミュニティ活動などをしています。そもそも、お2人が寄付を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
※ソーシャルセクター・・・社会課題を解決することを目的とした組織や団体の総称
佐俣 アンリ(以下、アンリ):僕は学生時代からNPO法人であるETIC.(エティック)のイベントや活動に参加していたこともあり、ソーシャルセクターに興味・関心を持っていました。現在の寄付活動につながるきっかけとなったのは、各領域で活躍する20〜30代のリーダーが集まるカンファレンス「G1新世代リーダー・サミット」に参加し、認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹さんやNPO法人クロスフィールズ代表理事の小沼大地さんにお会いしたことでした。
それまでは、ソーシャルセクターの方々は遠い世界の人たちだと思っていたところもあったのですが、駒崎さんや小沼さんと話してみて、起業家に近いバイブスを感じたんですよね。次第に「もっと勉強させてほしい」と思うようになり、ソーシャルセクターへの寄付を始めることにしました。2016年には、毎年1,000万円以上を個人で定期的に寄付するという活動もスタートさせました。

──桂さんはどうですか?
桂 大介(以下、桂):実は寄付を始めたきっかけをあまり覚えていなくて。ただ、アンリさんと同じく、僕も社会問題に関心があり、大学時代は環境系サークルにも入っていたんです。その後、ソーシャルセクターの方向へは進まずリブセンスを創業したのですが、心のどこかで社会問題に対する思いはあったんですよね。
ターニングポイントになったのは、リブセンスの上場です。上場によるキャピタルゲインによって一定の資産を手にすることができました。しかし、その資産を元手に個人で投資をするのは何となく違う気がして、むしろ「それなら寄付がいいな」と思ったのです。とはいえ、当時はどこに寄付すべきかがわからなくて。「寄付と言えばユニセフ(国連児童基金)かな」と思い、ユニセフへまとまったお金を寄付していました。これが僕にとっての寄付のスタートでした。

アンリ:極めていい寄付のエントリーですね(笑)。そして、桂さんが「投資じゃなくて寄付がいい」となった気持ち、少しわかる気がします。
僕が寄付を続けている理由の1つが「資本主義とスタートアップの独善性に違和感があったから」でした。もちろん、スタートアップ全体を否定しているわけではありません。僕自身、スタートアップの熱量に投資したいと思い、VCをしていますしね。
けれど、社会問題全体から見てみると、資本主義やスタートアップの力で解決できる範囲はすごくナロー(幅が狭い)なのです。政府や地方自治体でなければ解決できない社会問題もあります。にも関わらず、あえて言葉を選ばずに言うと「スタートアップは何でもできるぞ」という雰囲気が強まっています。

ここ10年ほどの日本のスタートアップを見ていると、シリコンバレーのように高学歴な人やハイキャリアな人たちの起業や参画が増え、頭脳戦になりつつあります。これは素晴らしいことでもあるのですが、一方でエリートたちによるゲームになりつつあるとも言えます。
僕が最も怖いと思っているのは、このような現象を客観的に認識しないまま、「自分たちなら何でもできる」という万能感だけで突き進もうとしてしまうことなのです。自分たちが置かれた状況を把握しないまま突き進むと、そのほかの存在を排除しかねません。ですが、現実にはさまざまな世界や問題があり、それぞれの領域で頑張っている人たちがいます。そういった観点を自分の中に増やすためにも、僕はVCをしつつ、個人では寄付を続けています。
桂:その怖さはありますよね。そして、資本主義が社会問題を生み出している側面もあります。投資だけでなく寄付も行うなど「もっとみんなでバランスをとっていいんじゃないの?」と僕も思うのです。しかし、いまだ寄付は低調です。だからこそ、僕のように寄付に“全振り”するような立ち位置がいてもいいんじゃないかと思っています。
10億円の個人寄付は「寄付は年齢を重ねてから行うもの」というイメージを覆すきっかけになった
──お2人は「宮田昇始スタートアップ基金」設立について、それぞれXでリアクションをしていました。特に佐俣さんは「金額が大きく、公開している」「寄付者が若く、挑戦中である」「一過性でなく、継続支援の仕組みである」という3つのポイントを挙げていましたよね?それぞれのポイントを挙げた理由を伺いたいです。
アンリ:まず1つ目のポイントである「金額が大きく、公開している」について。これまで日本では個人による寄付金額を公にすることはほとんどなく、目立たないように行われることがほとんどでした。その理由は、「金額や個人名を公表することで寄付を求める問い合わせが殺到する」という側面もあり、慎重にならざるを得なかったからです。
現実的に考えてもすべての団体へ寄付することはできないわけですが……。どの団体も本気で社会問題に向き合っているため、断ったあとに申しわけない気持ちを数日引きずってしまうこともあります。とはいえ、名前を明かさずに多額の寄付をして、30年後に「実は寄付していたんだ」となるのも少しもったいないと思っていました。それもあって、 僕は2016年から寄付の総額や特定の寄付先については公開しています。
その点、宮田さんは金額だけでなく個人名も発表していました。宮田さん自身のXで「当面は他の寄付のご提案いただいてもお力になれなそうなので、あらかじめご了承ください」と書くことで問い合わせのケアができていたので、そこも含めて良かったですよね。
桂:個人で一発10億円の寄付はほとんど聞いたことがないです。(いい意味で)異常ですよね。

アンリ:たしかに(笑)。そして2つ目のポイント「若くて、挑戦中である」です。宮田さん自身が「若くて、挑戦中である」ということが、とてもいいですよね。
一般的に多額の寄付は、日本では経営を引退された方が寄付をしたり、亡くなった方が遺贈寄付をすることも多いです。しかし、宮田さんはまだ40歳で、非上場のスタートアップ企業を経営している。現役の経営者が10億円の寄付をするというのは「寄付は年齢を重ねてから行うもの」というイメージを覆すきっかけになったのではないかと思っています。
桂:アンリさんが言うように、寄付のイメージには「匿名で」「歳を重ねてから行うもの」があります。でも、今回の宮田さんのような方が寄付に積極的な姿を見せることで、「お金を持っていたら寄付したい」「将来的には寄付したい」と考える若い世代の寄付に対する印象を変えるきっかけになりました。
寄付を提案した神山高専の“仕組み”も、いい意味でとんでもない!
──3つ目の「一過性でなく、継続支援の仕組みである」はどうでしょうか?
桂:神山高専は立ち上げ当初から100億円規模の奨学金基金を設立し、それを資産運用することで運用益を出して、学費の無償化を実現するという絵を描いています。これは、いい意味でとんでもないビジョンですよ。当時まだ実績がなかった神山高専に賛同した宮田さんはもちろん、これを仕掛けたSansan創業者であり神山高専の理事長でもある寺田さん(寺田親弘さん)もすごい!

具体的には、100億円の拠出金は「エンダウメント(基金運用型)」として寄付され、元本を運用しながら、そこから生まれる収益を使って奨学金を提供する仕組みになっています。毎年、5%の運用益を見込んで100億円運用したら、年間5億円くらいになる。それで200人くらいの高専生の学費を無料にするという設計なので、大口の寄付を集めなければいけない側面もあります。この仕組みをゼロから立ち上げ、おそらく寺田さん自らが営業へ行って契約を結んでいる。なかなかない発想です。
アンリ:同感です。エンダウメントを取り入れることで、「寄付文化を根付かせる」「社会課題の解決を長期的に支援する」といったことが可能になるので、この仕組みを考えた寺田さんは本当に素晴らしい!

桂:エンダウメント自体は、米国の大学ではよく見かけますし、日本でも取り組む大学が増えてきました。しかし学校の設立と同時に100億円の奨学金基金を立ち上げて、持続的に学費を無償にするというのは聞いたことがありません。神山高専が初めてではないでしょうか。
ただ、今回のような仕組みもいいとは思う一方で、手放しにエンダウメントだけがサステナブルで素晴らしいと言われすぎるのも危ういと思っています。エンダウメントは10億円のような単位のお金を集めて初めて機能するものなので、すべての寄付に資産運用を求めていたら小さい団体は立ち上がっていきません。もちろん、いい取り組みではあるのですが、それ以外の寄付にも重要な役割があります。
もしも寄付を始めるなら?ソーシャルセクターと関わり始めるヒント
──お2人は、経営者や投資家が寄付に参加することのメリットをどう感じていますか?
アンリ:大きなメリットは、やはり視野が広がることですよね。先ほどお話ししたとおり、ソーシャルセクターの方々に寄付をするのは、日本のスタートアップがエリートゲーム化しつつあるからこそ、いろいろな視点で社会を見て、自分の立ち位置を客観視したいと思ったからです。そうしないと、足元をすくわれかねない。また、いろいろな視点を持つことは経営者としても強みになります。そういう意味でも、なるべく早い段階から寄付などでソーシャルセクターと関わり始めたほうがいいと思いますね。
桂:特に社会課題への関心が高いスタートアップ経営者は、ソーシャルセクターの方々ともっと交流してほしい。深刻な状況を知ることで、経営者としての視野も思考も広がるし、言葉の重みも増す。結果的に、本業にもいい影響が出ると思います。

──もし、多額の資金を得た人や、経営者、投資家などから寄付のアドバイスを求められたらどうしますか?
アンリ:とにかく体験してみるのが一番です。僕も能登半島地震のボランティア活動をやらせてもらうことで、初めてボランティアをまとめる団体が必要であると理解できました。そのうえで、寄付することを決めています。
もちろん、体験しなくても寄付をすることは可能です。しかし、それでは手触り感がなく、気持ちが疲れてきちゃうんですよね。
──疲れてしまう?
アンリ:寄付を通じて社会問題をたくさん知ることはできるのですが、一方でなかなか解決できない現状を目の当たりにすることになります。気持ちだけディープダイブしすぎると疲れるので、まずはボランティアなどに参加させてもらい、「ここなら」と思えたら寄付するということをくり返していくことから始めるといいのではないでしょうか。特に起業家は「この課題にはお金が必要。だから自分が出そう」というような寄付の参画方法が向いていると思います。

桂:体験しながら吟味し、寄付していくのはいいやり方ですよね。日本では亡くなる直前などに「生まれ故郷の行政に◯億円寄付する」といった感じで、行政に寄付する方が多いです。それはそれでいいことではありますが、寄付にはさまざまな種類があります。少しずついろんな社会問題に触れながら、自分の中での心の納得感が高い支援先を探していくことも、素敵なことだと思います。
アンリ:自分の心の納得度は何かを知るのは大事ですよね。寄付を通じて、自分はどんなお金の使い方に納得するタイプなのかを探るのもありかもしれません。いきなり寄付じゃなくても、CAMPFIREやREADYFORで「面白そう」と思ったプロジェクトに500円支援するだけでもいい。こういった活動を通して世の中のことを知ることは、必ず自分の仕事に返ってくるので、まずはできることから始めてみてほしいです。
桂:個人的にはPoliPoliの寄付基金「Policy Fund」、非営利スタートアップへ寄付を行うSoilが出てきたことによって、流れが変わってきているなと感じています。この勢いを加速させていきたいですね。

佐俣アンリさんが代表パートナーを務めるANRIのオフィシャルページはこちらです
桂大介さんが代表理事を務める一般社団法人新しい贈与論のオフィシャルページはこちらです
お知らせ
Nstockが提供している「株式報酬SaaS Nstock」のサービスサイトでは、ユーザーさまの導入事例をはじめ、さまざまな情報を公開しております。ぜひご覧ください!

